ところどころに芦荻《ろてき》など乏《とぼ》しく生《お》ゆ。向こうは渺茫《びょうぼう》たる薩摩潟《さつまがた》。左手はるかに峡湾《きょうわん》をへだてて空際《くうさい》に硫黄《いおう》が嶽《たけ》そびゆ。頂《いただき》より煙をふく。ところどころの巌角《いわかど》に波|砕《くだ》け散る。秋。成経|浜辺《はまべ》に立って海のかなたを見ている。康頼岩の上に腰をおろして木片《きぎれ》にて卒都婆《そとば》をつくっている。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
成経 あゝとうとう見えなくなってしまった。九州のほうへ行く船なのだろう。それとも都《みやこ》へのぼる船かもしれない。わしの故郷《こきょう》のほうへ。
康頼 どうせこのような離れ島に寄って行く船はありませんよ。そんなに毎日浜辺に立って、遠くを通る船を見ていたってしかたがないではありませんか。
成経 でも船の姿《すがた》だけでもどんなになつかしいか。灰色にとりとめもなく広がる大きな海を見ているとわしは気が遠くなってしまう。わしとは何の関係もないように、まるで無意味《むいみ》で、とりつくしまもないような気がする。
前へ
次へ
全108ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング