も、清盛が草をかきわけても捜し出さずにはおきませぬ。
俊寛 ただ一太刀《ひとたち》! わしの憎《にく》みを清盛《きよもり》の肉にただ一太刀|刻《きざ》みつけるために!
有王 (つくづくと俊寛を見る)あゝご主人様何ごとも時でございます。われわれの運は去りました。
俊寛 (倒れんとす)
有王 (俊寛を支えあわれみに堪《た》えざるごとく)お気をたしかに! 栄枯盛衰《えいこせいすい》は人間の力に測《はか》りがたき天のさだめでございます。今時を得て全盛の極《きわ》みにある平家の運命もいつかはきっとつきる時が来るでしょう。
俊寛 (夢中にて)残っている! まだわしの腕《うで》に力が残っている。
有王 一人や二人の力で刃向こうても、今時を得ている平氏をくつがえすことはできませぬ。天が平氏を滅《ほろ》ぼすのを待ちましょう。
俊寛 清盛よ、お前がわしに課した苛責《かしゃく》の価《あたい》をお前に知らさずにはおかぬぞ!
有王 あの清盛の前代|未聞《みもん》の暴逆《ぼうぎゃく》が天罰を受けずにはおきますまい。
俊寛 今わしが流すこのあぶらのような涙をお前の歓楽の杯《さかずき》に注ぎ込んで飲まさずにはおかぬぞよ。
有王 無間地獄《むげんじごく》の苛責とても今のあなたの苦しみにまさりはいたしますまい。
俊寛 この苦しみを倍にして、七倍にしてきっとお前に報《むく》いるぞ! わしの足がまだわしの体を支える限りは。えゝ。船を出せ。船を!
有王 (力つきたるごとく、ぐったりとして)船はとても得られませぬが。
俊寛 たとえ生きながら龍となって大海を越ゆるとも! (衣を裂《さ》く)わしは憎む。わしは憎む。(狂うごとく)えゝ、この頭が張り裂《さ》けるわい! (ほとんど無意識に頭を岩かどに打ち当てんとす)
有王 (まっさおになり、俊寛を抱《だ》き止める)ご主人様。ご主人様。
俊寛 (有王の腕《うで》の中にて)清盛《きよもり》よ。わしの死骸《しがい》をお前の死骸に重ねるぞ! (失神して倒れる)
有王 (俊寛を抱《だ》きかかえたるまま)ご主人様、お気をおたしかに! あゝ、いたわしや。あまりに苦しみがすぎました。鬼神《きじん》もおあわれみくだされい。かかる苦しみが歴史の記録にもありましょうか。
俊寛 (われに返り、抱かれたるまま、無限の感情をこめて)あゝ、有王よ。
有王 ご主人様。気をおたしかに! 有王は最後まで宮仕えいたしますぞ。海をくぐり、山によじても食物をあさり求めあなたを養い守りますぞ。(俊寛を抱きしめる)
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第二場
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俊寛の小屋。いそに漂着《ひょうちゃく》したる丸太や竹を梁《はり》や桁《けた》とし、芦《あし》を結《むす》んで屋根を葺《ふ》き、苫《とま》の破片、藻草《もぐさ》、松葉等を掛けてわずかに雨露《あめつゆ》を避《さ》けたるのみ。すべて乏《とぼ》しく荒れ果てている。俊寛、藻草を敷き破れたる苫をかけてねている。第一場より一か月後の夜、隙間《すきま》より月光差し入る。小屋の外はあらし吹く。
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俊寛 (突然苫をおしのけ、起き上がり、あたりを見回す)魔道《まどう》に落ちているのか。妻よ。今に、今に恨《うら》みを晴らしてやるぞ! ([#「! (」は底本では「!(」]われにかえりたるごとく)あゝ夢か。(急に自分の地位をはっきりと意識したるごとく)あゝわしはどうして死にきれないのだ。すでに三七日も飲食《おんじき》を断《た》っているのに! わしは干死《ひじ》にすることもできないのか。わしの生命《いのち》の根は執念《しゅうねん》深く断ちきれない。このあさましいわしの業《ごう》をいつまでもさらさせようとするのか。食を断っても断っても死にきれぬ蛇《へび》のように。わしの力はわしの四肢《しし》からもう失せたのにわしの根はいつまでも死にきらないのか。運命はあくまでもわしを責《せ》めさいなもうとするのか。わしは死にたい。死にたい。ただ恨《うら》みだけがわしの生命を燃《も》やしているのだ。わしは死んでただわしの恨みだけが生きているのだ。わしは恨みそのものだ。わしは生きながらの怨霊《おんりょう》だ。(耳をそばだてる)あゝ風の音か。わしの子どもが泣いているような気がしたのだが。
有王 (登場、魚と荒布《あらめ》とを持っている)ただいま帰りました。
俊寛 (なお何者かのあとを追うごとく)あゝ帰ったか。
有王 ご気分はいかがでございます。(俊寛のそばによる)
俊寛 わしの根はますますはっきりするばかりだ、わしの身体《からだ》は日に日に衰《おとろ》えてゆくのだが。
有王 (つくづくと俊寛を見る)ご主人様、なにとぞ私の申すことをお聞きください。今夜は心を静めて何か召し上が
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