というあさましいことだろう。わしたちが争い合わなくてはならないとは。わしは思い出さずにはいられない。わしたちのこの島に着いた当初《とうしょ》のあの美しい一致を! わしたちはあたたかくかたまって一団となっていた。不幸とさびしさは三人の心をかたく結合していた。わしはその愛のために死にたいとさえ思っていた。わしたちはこの欠乏と艱苦《かんく》との中にあって、友情をさえ失わなければならないのか。わしはあなたがたがだんだん不和になってゆくのを見ているのは実に苦しい。いつも仲裁《ちゅうさい》者の位置に立たねばならぬのはたまらない。わしがいなかったらあなたがたは互いに飛びかかるようになりはしないかと思うと恐ろしい。檻《おり》の中の獣《けもの》のように。
成経 (涙ぐむ)わしはあまりの侮辱《ぶじょく》には耐《た》えられない。わしはいつも忍耐《にんたい》を用意しているにはあまりに余裕のない心でくらしている。わしはそれどころではないのだ。わしは不平でくずれそうなのだ。
俊寛 わしはなぜこうなのだろう。わしは呪《のろ》われた人間だ。わしの魂《たましい》の中には荒らす要素がある。わしの行くところはきっと平和がなくなる。わしは小さい時からそのために皆にきらわれてきたのだ。その気質を自分でどんなにきらったろう。しかし変えることができなかったのだ。わしの祖父の血がそうなのだ。わが氏《うじ》の遺伝《いでん》なのだ、わしの運命は不幸になるにきまっていたのだ。いやわしの魂をつくっている要素、わしそのものが不幸なのだ。わしの魂は鎌首《かまくび》をもたげていつもうろうろしている。心の座《ざ》が[#「座《ざ》が」は底本では「座《き》が」]定まらない。わしは失われる人間なのか。地獄《じごく》におちる人間なのか。(ほとんど慟哭《どうこく》に近いため息)あゝ。
康頼 (傍白)あゝ何という不幸な目つきだろう。暗い影が一ぱいさしている。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから5字下げ]
三人沈黙。山鳴りいよいよ激しくなる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
成経 あゝまた山が荒れるな。
康頼 明日《あした》はいよいよ雨だな。(空を仰ぎ嘆息《たんそく》す)あのしつこい。退屈な。
成経 (力なく)明日はしけだ。船の姿《すがた》も見られぬわい。
俊寛 (山のほうを見る)あゝ。あの山くらいいやな山はない。まるでわしたちを呪ってでもいるようだ。(ふるえる)わしの魂の来世《らいせ》の行く先を暗示してでもいるようだ!
康頼 おゝ。神々よ。(ひざまずく)やわらぎたまえ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから5字下げ]
三人沈黙。も一度激しき山の鳴動。その後を単調な弾力《だんりょく》のない波の音ひびく。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から3字上げ]――幕――
[#改ページ]
第二幕
第一場
[#ここから2字下げ]
第一幕と同じさびしき浜辺《はまべ》。熊野権現《くまのごんげん》の前。横手に貧《まず》しき森。その一端に荒き丸太《まるた》にてつくれる形ばかりの鳥居《とりい》見ゆ。
第一幕より二年後の春の暮れ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
康頼 (浜辺《はまべ》に立って海を見入る)あゝ、この離れ島にも春が来たのか。海の色も濃《こ》くなってきた。このふくれるように盛りあがって満ちてくる潮《しお》の香《か》の悩《なや》ましさ! わしはこの島の春がいちばん苦しい。わしの郷愁《きょうしゅう》を堪《た》えがたいほど誘《さそ》うから。乏《とぼ》しい草木《くさき》も春の装《よそお》いをしている。わしは昨日《きのう》森の中を終日《ひねもす》花を捜して歩いた。都《みやこ》にあるような花は一つもなく、皆わしの名を知らぬ花ではあったけれど、それでもわしに春のこころを告げてくれた。交野《かたの》や嵐山《あらしやま》の春を思えばたまらない。桜《さくら》の花のなかに車をきしらせた春を思えば。つんだ花を一ぱい車の中にまいて、歌合わせをして遊んだ昔の女たちを思えば。わしはむしろ死を願う。彼の女らは皆わしに好意を持っていた。わしはやさしくて趣味がすぐれていたから、わしがたわむれに袖《そで》を握って言い寄った時に、あの機知のある歌をつくってわしをたしなめた美しい藤姫《ふじひめ》はどうしたろう。(間)あゝ、わしの幸福は過ぎてしまったのだ。(浜辺《はまべ》を歩む)何というさびしい春だろう! きょうもまた砂浜を走って波とたわむれて遊ぼうか。(汀《みぎわ》をつたう)あゝ浜千鳥《はまちどり》よ。わしの思いをお前が故郷《こきょう》にはこんでくれたら!
成経 (叫びながら登場)餓鬼《がき》だ。これほどあさましくなれば申し分はない。
俊寛 (手を振
前へ
次へ
全27ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング