》の墓をあばいた信西《しんぜい》は、頼長の霊に呪《のろ》われて平治《へいじ》の乱には信頼に墓をあばかれた。信西の霊は清盛について、信頼を殺させた。今信頼の霊は成親殿にのりうつった。
成経 おゝ神々よ。
俊寛 しかし成親殿は世にもみじめな最後をとげた。父の恨《うら》みを相続するものは子でなくてはなるまい。成親殿の怨霊はあなたにつくに相違ない。
成経 あなたは悪とたたかって難にあったわれわれをいたずらに醜《みにく》い復讐心《ふくしゅうしん》を満たそうとして失敗したあわれむべき破産者におとしてしまおうとするのか。正義に殉《じゅん》じた父をただの犬死にさせ、あの堪《た》えられないほどな恥《はじ》な最後にも相当していたような、醜い人間にしてしまおうとするのか。(俊寛につめ寄せる)
康頼 (なだめるように)成親殿《なりちかどの》は今は平和に眠っていられるとわしは思います。
俊寛 (苦しそうに)その正義の観念の上にはっきり立っていられなくなりだしたのがわしの苦しみなのだ。いかなる困苦《こんく》と欠乏とに悩《なや》もうとも自分は正しきものである! かく考えることによってわしは自分の不幸を支えていた。しかしわしはそれがあやしくなりだした。わしは勢いに巻き込まれたのだという気がする。他人の欲望――というよりも、むしろ無始《むし》以来結ぼれて解けない人間の怨讐《おんしゅう》の大|渦《うず》のなかに巻き込まれたのだという気がする。わしたちがもしことを起こさなかったらだれかがきっと起こしたろう。われわれはただ選ばれたのにすぎない。三界《さんがい》をさまようている怨霊《おんりょう》につかれたのにすぎない。
康頼 あなたは自分でつくりだした恐ろしいまぼろしで自分を苦しめていられるのだ。
俊寛 わしはわしのしぶとい性質を呪《のろ》う。しかしわしはだめだ。わしは人間の悪が根深い根深いものに見える。二人や三人の力で抵抗しても何の苦もなく押しくずされるような気がする。わしの父、父の父、またわしのあずかり知らない他人、その祖先、無数の人々の結んだ恨《うら》みが一団になって渦巻いている。わしはその中に遊泳《ゆうえい》しているにすぎない。わし自身の欲望はその大いなる霊の欲望に征服される。そしてその欲望を自分の欲望だと思ってしまう。あゝわしはこの間恐ろしい[#「恐ろしい」は底本では「恐しい」]夢を見た。いや、夢ではない。まぼろしだ。わしは白昼《はくちゅう》に見たのだから。それは無数の霊の空中に格闘《かくとう》する恐ろしい光景であった。わしは武器の鏗鏘《こうそう》として鳴る音を空中に聞いた。そのあるものは為義《ためよし》のようであった。そのあるものは信西《しんぜい》のようであった。彼らは叫び、呪《のろ》い、刃《やいば》をもって互いに傷《きず》つけた。その争闘ははてしないように見えた。ついに幻影の群勢《ぐんぜい》は格闘しながら海の中へ没した。そしてわしは地に倒れた。
康頼 あなたは頭が変になりかけているのだ。夜も眠らずにあまり思いつめるから。心を静めるようにしなくてはあなたが狂気することをわしは恐れる。
俊寛 わしはむしろ気ちがいになりたい。そしてこの昼夜|間断《かんだん》のない苛責《かしゃく》から免《のが》れたい。
成経 あなたはわしの誇《ほこ》りをも、康頼殿の信仰をもこわしてしまおうとするのだ。そして自分の心をもかき乱してしまおうとするのだ。
俊寛 あゝ、わしはだめだ。わしは自分を支《ささ》えることができない。支えるものが一つもない。わしの魂《たましい》が亡《ほろ》んでゆくのをはっきりした意識で見ているのは堪《た》えられない。
成経 わしはあなたを見ているのは堪えられない苦痛になりだした。あなたはだんだん荒くなられる、あなたと毎日いっしょに暮らさなければならないことはわしの重荷になりだした。あなたはわしたちに不幸と絶望との息を吐《は》きかける。そしてわしたちに慰《なぐさ》めを与えてくれないばかりでなく、わしたちから何の慰めをも受け取ろうとしない。
俊寛 おゝ、あなたは何を言いますか。これほど慰めに飢《う》えているわしに! ([#「! (」は底本では「!(」]いらだつ)ただわしは知ってきた。あなたがたはもはやわしに送る何の力も持っていられない。餓鬼《がき》は餓鬼に求めても何ものをも与えられない。
成経 (くちびるをふるわす)あなたは餓鬼かもしれない。だがわしは名誉ある武士のすえだ。正義の殉教者《じゅんきょうしゃ》の子だ。
俊寛 七人の僧を暗殺し、神をけがしたものの子だ。
成経 あなたは父の墓をあばいて、死骸《しがい》に唾《つば》を吐《は》きかける気か。(俊寛にせまる)
俊寛 (自暴的に)わしは、わしの顔に唾を吐きかけたい。
康頼 (涙ぐむ)よしてください。よしてください。何
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