どの》はわが子に語ることをも恐れていたとみえる。
成経 父が何といたしました。
俊寛 成親殿は神をけがしました。
成経 少しお慎《つつし》みなされい。いかに自棄《やけ》になっているとは言いながら。
俊寛 このことを知っているのはわしとあなたの父上よりほかにはない。成親殿は恐ろしいことをたくらみました。わしは一生懸命とめてみたのだ。しかし成親殿はまるで何ものかにつかれているように頑固《がんこ》だった。わしは力の限り抵抗したけれども、彼の欲望に征服されてしまった。彼の欲望は奈落《ならく》の底に根を持っているように強かった。
成経 この上聞くのは恐ろしい。しかしわしの耳は聞かずにはいられない。
俊寛 わしは短く話します。思いだすのも恐ろしいから。あなたは成親殿《なりちかどの》が宗盛《むねもり》と左大将《さだいしょう》の位を争ったのを知っていますね。
成経 父は宗盛をひどく憎《にく》んでいました。法皇《ほうおう》は父にその位を与えたいと思っていられるのに、あの清盛《きよもり》がそれを妨《さまた》げましたから。
俊寛 あの時成親殿は八幡《はちまん》の甲良大明神《こうらだいみょうじん》に百人の僧をこもらせて、大般若《だいはんにゃ》を七夜《ななよ》の間|行《ぎょう》じさせました。その時宮の前の櫺《れんじ》の木に、男山《おとこやま》のほうから山|鳩《ばと》が三羽飛んできて怪《あや》しい声で鳴きつつ食《く》らい合いをはじめました。それがいかにもしつこく、憎み合っているように、長い長い間。ついに三羽ともたおれて死んでしまうまで。わしはその時恐ろしくなって、これはきっと凶兆《きょうちょう》だからと言って彼をとめました。しかし彼はききいれなかった。しかしあの青二才の宗盛が多くの位を飛び越えて、ついに左大将になった時に彼の怨恨《えんこん》は絶頂に達しました。彼は上賀茂《かみがも》の神社の後ろの森の中に呪詛《じゅそ》の壇を築いて、百夜《ももよ》の間|※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]幾爾《だきに》の密法《みっぽう》を行じました。宗盛を呪《のろ》い殺すために。夜陰《やいん》の森中《もりなか》に、鬼火《おにび》の燃える鼎《かなえ》の中に熱湯《ねっとう》をたぎらせて、宗盛《むねもり》に似せてつくった藁《わら》人形を煮《に》ました。悪僧らはあらゆる悪鬼の名を呼んで、咒文《じゅもん》を唱えつつ鼎《かなえ》のまわりをまわりました。まるで夢中で、つかれたもののように、しつこくしつこく繰《く》り返して。
成経 父はむろんその場にいなかったのでしょうね。ただ命じてやらせたのでしょうね。
俊寛 いや。成親殿《なりちかどの》は夜陰《やいん》にまぎれて毎夜賀茂の森まで通いました。大杉の洞《ほら》の下の壇の前にぴたりとすわっていました。顔はまっさおでしかも燃えるような目で僧らの所業《しょぎょう》を見ていました。
成経 わしの知らぬ間《ま》にそんな恐ろしいことが人知れずなされたとは!
俊寛 それを秘密にするために彼は恐ろしいことをしました。わしはそれを一生懸命とめたのだが。※[#「咤−宀」、第3水準1−14−85]幾爾《だきに》の密法は容易ならざる呪詛《じゅそ》であって、もし神々がそれを受けない時には還着於本人《げんちゃくおほんにん》と言って詛《のろ》ったものに呪詛がかえるのだからといって。
康頼 あゝ、よしてください。この上もはや成経殿を――
成経 言ってください。早く言ってください。
俊寛 満願《まんがん》の夜成親殿は秘密の露顕《ろけん》することを恐れて七人の僧侶を殺して、その死骸《しがい》を地の中に埋めました。
成経 おゝ。(石のごとくかたくなる)
俊寛 それからは彼の企てることは恐ろしいことばかりになった。宗盛は死ななかった。そして平家の一門がますます栄えるにつれて、彼の怨恨《えんこん》はいよいよつのるばかりだった。彼はいかにして平家を転覆《てんぷく》して恨《うら》みを復讐《ふくしゅう》すべきかをばかり考えるらしかった。彼はまるで怨恨の権化《ごんげ》のようにわしには見えた。
成経 あゝ悪魔が父を魅《み》入ったのか。
俊寛 (ふるえる)あゝ今恐ろしい考えがわしの心に起こった。まるで陰府《よみ》からわき上がりでもしたように。
康頼 (堪《た》えかねたるごとく制するごとき手つきをしつつ)俊寛殿。俊寛殿。
俊寛 (つかれたもののごとく)怨霊《おんりょう》だ。怨霊だ。
康頼 成経殿の心臓の止まらないために!
俊寛 わしはこの思いつきにふるえる。信頼《のぶより》の怨霊が成親殿《なりちかどの》にのりうつったのだ。あの平治《へいじ》の乱に清盛《きよもり》に惨殺《ざんさつ》された信頼の怨霊が。
成経 あゝ呪《のろ》われたる父よ。(よろめく)
俊寛 保元《ほうげん》の乱に頼長《よりなが
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