りつつ成経を追うて登場)待て。あなたはまちがえている。もしあなたの獲物《えもの》なら、わしはあえて取ろうとは思わない。(小鳥の死骸《しがい》を投げつける)
成経 (康頼に)わしは驚いた。わしはあきれた。
俊寛 (康頼に)わしは無理にわしの獲物だというのではないのだ。
康頼 (悲しげに)あなたがたは獲物の争いまでしだしたのか。
成経 わしがたしかに射落《いお》とした鳥を横取りしようとするのだ。わしの矢が立っているのに!
俊寛 わしはわしが射落としたと思ったのだ。たとえわしが射落としたにせよ、わしがこんなに飢《う》えていなかったら、成経殿に譲《ゆず》っただろう。たかが小鳥一羽ぐらい!
成経 わしは他人の惜《お》しみのかかった獲物をほしいとは思わない。(俊寛の前に小鳥をたたきつける)持ってゆけ!
俊寛 持ってゆけ! (弓ではね飛ばす)
成経 わしはいらない。呪《のろ》われでもしたらたいへんだ。
俊寛 (あざけるごとく)あなたの父ではあるまいし。
成経 (火のごとく怒る)もう一度言ってみよ。墓場に眠っている父を侮辱《ぶじょく》されるのが子にとってどんなものだか! (弓を取って詰め寄せる)
俊寛 わしを射《い》る気か。(身構えする)
成経 武器を取れ。わしはお前の言葉の価《あたい》をお前に知らせてやる!
康頼 (成経を抱《だ》きとめる)成経殿。軽はずみをしてあとで悔《く》いないために! あなたは敵をほうるようにして友をころす気か!
成経 彼がわしの友だろうか。この荒い言葉と呪《のろ》いの言葉を吐《は》き出す餓鬼《がき》のようなやつが。
俊寛 わしを殺せ。わしは死を願う。わしの境涯《きょうがい》は餓鬼道より少しもまさってはいない。
康頼 (成経と俊寛との間に身を投げる)あゝ、あさましい何たることだ! あなたがたは正気を失ったのか。わしは信じられない。愛する友が互いに呪い合い、汚《けが》す言葉を吐き合い、互いに殺し合おうとする! 名誉ある武士のすえが、食物を争い合う。あゝ、そんなあさましいことをするよりわしは餓死《がし》を選ぶ。わしらの間にはもう平和《へいわ》は失われた。いっしょに暮らすことは互いの重荷《おもに》になった。もはや何の慰《なぐさ》めも励《はげ》ましも互いに期待することはできないのか。あゝ、凱歌《がいか》をあげているものはただ清盛《きよもり》だけだ! あなたがたは知っていよう。檻《おり》につないだ二頭の獣《けもの》の間に食物を投じればどうなるかということを! それとあなたがたとどこが違うのか。あゝ、わしが今見たことは恐ろしいことだ。(泣く)
成経 (涙ぐむ)康頼殿。あまりに心を痛めないでください。わしは優《やさ》しいあなたの心を傷《きず》つけたのを悔《く》いる。あなたはどんなにいい友だったろう。わしの寂寞《せきばく》はいつもあなたの平和な、あたたかい友情でなぐさめられているのだ。わしの今したことをあなたに恥じる。(康頼の肩に手をおく)わしはもはや決してあなたの目に荒々しいふるまいは見せまい。このやさしいあなたの心の平和を保つだけにでも! 許してください。
俊寛 わしをきらってくれ、きらってくれ。わしはそれに相当している。わしは荒々しい人間だ。わしは平和を恵まれない人間だ。どうぞわしを捨ててくれ。憎《にく》んでくれ。あなたがたは仲よく慰《なぐさ》め合って暮らしてくれ。わしはそれを望む。わしはそれをねたんではならない。(慟哭《どうこく》す)
康頼 (俊寛を抱《だ》く)俊寛殿。わしはあなたを悪い人とは思いません。あなたは憎《にく》むべき人ではない。むしろあなたは感じやすい心を持っていられる。もしあなたが荒々しくなったとしたら、それはあなたがあまりに不幸だからだ。
成経 (和解を求めるように)そうだ。われわれはこの上もなく不幸なのだ! その不幸を三人で分け持たなくてはならない。われわれの心が少しでもかろくなるために、われわれが苦しみに負けてくずれてしまわないために、力をあわせなくてはならないのだ。
俊寛 (嘆息する)わしはあなたがたがだんだんわしをきらうようになるような気がする。そしてそうなるのは無理はないと思う。わしは実際いっしょに暮らしよい人間ではない。自分でそれを認める。わしはきらわれてもしかたがない。あゝ、しかしわしはさびしいのだ。きらわれたくはないのだ。愛されたいのだ。それだのにわしは荒いことを言う、ひねくれたことを考える。気まぐれな小鬼《こおに》めがわしの生命中に巣を食《く》っているようだ。わしの気質は自分の自由にならないのだ。わしは孤立無縁《こりつむえん》の霊魂《れいこん》だ。人とやわらぐことのできない粗野《そや》な性格だ。わしはわしを呪《のろ》う。わしを憎《にく》む。おゝわしをあわれむ。
康頼 俊寛殿。心を平らかにしてく
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