ことがある日をあけくれ待ちわびていました。けれど七年がむなしく過ぎました。待ちあぐんだ末、私は堪《た》えきれなくなって人目を忍《しの》びこの島に尋《たず》ねてまいりました。せめて今生に一度だけでもお目にかかりたいと思って。
俊寛 あゝ、お前にふたたび会えようとは! はるばると来てくれたか。わしのすべての友、すべての家来がわしを見捨てたのに。この島の漁師《りょうし》さえわしをあなどり、餓鬼《がき》を恐れるようにわしを避《さ》けようとするのに。
有王 私の尊いご主人様、私はあなたのために命を惜《お》しみませぬ。幼い時からあなたに受けたご恩を思えば、私はよろこんであなたのために死にまする。
俊寛 わしは絶望のあまり幾度も幾度も死にかけた。深い海やけわしい岩かどは、絶え間なくわしを死に誘《さそ》うた。だがわしの妻子の愛着がわしを死なせなかった。この地上のどこかで妻や子が生きているのだと思えばわしは死ねなかった。しかもきっと不幸と恥辱《ちじょく》との中に。有王よ、わしは妻子の安否《あんぴ》を気づかった時、いつもお前のことを頼みにしていた。すべての家来はそむき去っても、お前だけはきっと最後まで命をかけても彼らを守ってくれると信じていた。わしに聞かせてくれ。聞かせてくれ。わしの妻はどうしていますか。
有王 (何かいいかけてやめる。あわれむごとく、俊寛の顔を見、顔をそむける)
俊寛 言ってくれ! 有王よ。わしはたいてい想像している。どんな恥な暮らしをしていてもわしはもはや驚きはしない。
有王 (苦しそうに)あゝ、私の申し上げることはもっと悪いことでございます。
俊寛 (青ざめる。心を確かに保とうとつとめつつ)わしは覚悟している。
有王 (堪《た》えかねたるごとく)西方《さいほう》におわします奥方様。ご主人様のお心をお支えくださるように!
俊寛 あゝ亡《な》くなったか。自害《じがい》したか。
有王 (思いきりたるごとく)幾たびかそれをくわだてられました。そのたびごとに私が必死になっておとどめ申さなかったら、あなたが西八条に捕《とら》われていらっしたあと、平氏の役人どもが館《やかた》に押し寄せて近親のかたがたをことごとくからめとり、連れかえって拷問《ごうもん》し、謀叛《むほん》の次第《しだい》を白状させてことごとく首をはねました。もし重盛《しげもり》が命乞《いのちご》いをしなかったら、
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