《やり》をたてて侍立《じりつ》す。その前に俊寛、康頼、成経ひざまずく。
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基康 (家来に目くばせす)
家来 (雑色《ぞうしき》の首にかけたる布袋より赦文《しゃもん》を取り出し、うやうやしく基康に捧げる)
基康 つつしんできけ。(赦文を読む)重科|遠流《おんる》を免《めん》ず。早く帰洛《きらく》の思いをなすべし。このたび中宮《ちゅうぐう》ご産の祈祷《きとう》によって非常のゆるし行なわる。しかる間、鬼界《きかい》が島の流人《るにん》、丹波《たんばの》成経、平《たいらの》康頼を赦免《しゃめん》す。
成経 (康頼と顔を見合わす)
基康 つつしんでおうけなされい。
俊寛 (声をふるわす)その赦文をも一度お読みください。
基康 (も一度読む)命《めい》によって迎えにまいった。両人ともしたくをなされい。
俊寛 あなたは俊寛という名を読み落としなされたようだ。
基康 この赦文《しゃもん》には俊寛という名は記してない。
俊寛 (青ざめる)そんなはずはありません。
基康 自分で見るがよかろう。(赦文を康頼に渡す)
俊寛 康頼殿。早く見てください。
康頼 (黙読《もくどく》し、成経に渡す)
俊寛 成経殿。わしの名は?
成経 (黙読し、俊寛に渡す)
俊寛 (ふるえる手にて受け取り読む。まっさおになる)礼紙《らいし》を見てくれ。礼紙を!
基康 (無言《むごん》にて家来に礼紙を渡す)
俊寛 (家来より礼紙を受け取り、裏を返し、表を返して見る)執筆《しっぴつ》の誤りだ。基康殿。あなたは都《みやこ》を出発する時三人を連れ帰るようにとの命令を受けられたに相違ない。
基康 わしの役目はこの赦文に記されたとおりを行使《こうし》するのにある。
俊寛 もし執筆の誤りだったら。
基康 (冷ややかに)あなたを残して帰っても、責《せ》めはわしにはかかるまい。
俊寛 (せき込む)しかし清盛《きよもり》殿の意志が三人を都《みやこ》へ呼び戻《もど》すにあるとしたら。主人の意志を果たすがほんとうの忠実なる使者でしょう。あなたは主人の意志を熟知《じゅくち》していられましょう。
基康 (皮肉に)わしがそんな高い身分のある者だったら、こんな役目はおおせつからなかっただろう。主人の意志を知ることなどわしなどには思いもよらぬことだ。わしはただこの紙に記されてあ
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