はなかなか大きいらしい。
康頼 (沖を凝視《ぎょうし》す)あれは都《みやこ》から来た船だ。(渚《なぎさ》に走る)あの帆柱《ほばしら》や帆《ほ》の張り方や櫓《ろ》の格好《かっこう》はたしかにそうだ。いなかの船にはあんなのはない。(波の中に夢中でつかり、息をこらして船を見る)
成経 (康頼のそばに走る)旗《はた》だ! たしかに赤い旗が見える。平氏の官船《かんせん》だ。
康頼 迎えの船だ!
成経 (夢中に叫ぶ)追い風よ。吹け。吹け。吹け。
康頼 まっすぐに、こぎつけよ。一刻も早く、この岸に! わしらはここにいる。ここの岸に立っている。餓鬼《がき》のようにやせて! (急にむせび泣く)わしはどんなに待ったろう。
成経 あゝ。長い長い間だった。
康頼 神々よ。きょうの恵みはわが子孫に書きのこして伝えられましょう。
成経 わしの心がこのよろこびに持ちこたえられるように!
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沖《おき》の船より銅鑼《どら》の音《ね》ひびく。
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康頼 合い図だ! 船着き場へ! (はせ去る)
成経 (無言にて康頼のあとを追うてはせ去る)
俊寛 (前のところに不安そうに立ったまま)あの船は陰府《よみ》から来たように見える。(心の内にさす不吉の陰を払いのけるように首を振る) わしはばかげた妄想《もうそう》に悩《なや》まされているかもしれないぞ。そうであってくれ。そうであってくれ。わしのこの恐ろしい考えには少なくとも根拠《こんきょ》はないのだ。たしかに根拠はないのだ。ただわしにそういう不安な気が何となくするというのにすぎない。そんなことが何のあてになろう。(沖を見る。ふるえる)どうしたのだ。(打ち負かされたるごとく)あの船の帆は死骸《しがい》の顔にかける白い布《きれ》のようにわしに見える。(墓標のごとくにじっと立ちたるまま動かぬ)
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ながき沈黙。やがてやや近き沖にて銅鑼の声つづけざまにひびく。
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第二場
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船着き場。まばらなる松林。右手寄りに小高き丘の一端見ゆ。そのふもとにやや大なる船|泊《と》まりいる。正面に丹左衛門尉基康《たんざえもんのじょうもとやす》その左右に数名の家来《けらい》槍
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