《ひさん》な境遇に陥《おちい》らしめ、そして王法の敵にかかる栄《さか》えをあたうるごとき不合理な神々の前に、乞食《こじき》のごとくに伏してあわれみを求めることが!
康頼 神々は正しく照覧《しょうらん》していられます。耐《た》えしのんで祈ってあきなかったらいつかはわれわれの日がきっと来るでしょう。
俊寛 あなたはほんとうにそう信じるのですか。
康頼 信じています。
俊寛 ほんとうですか。
康頼 ほんとうに信じています。
俊寛 (康頼の顔を見る)うそではありますまいね。
康頼 (顔をそむける)うそではありません。
俊寛 どうぞきょうばかりはほんとうにいってください。わしは一生懸命なのですから。わしを慰《なぐさ》めようと思って偽《いつわ》りの証《あかし》をたてないでください。わしはきょうも熊野権現《くまのごんげん》に日参《にっさん》して祈りました。しかしだめです。わしはほんとうに信じていないのですから。祈りの心はすぐにかれます。わしは宮の周囲にはえた不格好《ぶかっこう》な樹立《こだち》と、そしてちょろちょろと落ちる谷水を見ていると、何とも言えない欠乏の感じにうたれました。その感じは祈りとか望みとかいうような、すべての潤《うるお》うた感じを殺してしまうようないやなものでした。いったいこの島にはえている草や木はどうしてこんなに醜《みにく》いのでしょう。わしはすべての陰気なものを生み出すような祠《ほこら》の陰の湿地《しっち》にぐじゃぐじゃになって、むらがりはえた一種異様な不気味《ぶきみ》な色と形をした無数の茸《きのこ》を見つけました。その時わしはたまらなくなって立ち上がりました。わしは餓鬼《がき》の祠《ほこら》を拝んでいるのではないかという気がしたのです。
康頼 (力なく地面を見つつ)地獄《じごく》の底にも神はいられます。
俊寛 あゝ、あなたがそのとおりの言葉をもっと自信をもって言ってくだすったら!
康頼 法華経《ほけきょう》の中にも入於大海仮使黒風吹其船舫飄堕羅刹鬼国其中一人称観世音菩薩名者是諸人等皆得解脱羅刹之難《じゅおたいかいけしこくふうずいきせんぼうひょうだらせっきこくきちゅういちにんしょうかんぜおんぼさつみょうしゃぜしょにんとうかいとくげだつらせつしなん》とかいてあります。
俊寛 権威《けんい》をもって言ってください。それはうそではありませんか、あなたは信じますか。
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