《ちじょく》と思っていたのに!
成経 わしは同志の安否《あんぴ》を気づかいました。しかしだめだった。彼らは何ごとをも隠《かく》して語らなくなったから、わしは牢獄《ろうごく》の中で幾たびも壁《かべ》に頭を打ちつけて死のうとしました。彼らはわしの武器を取り上げてしまったから、しかし死にきれなかった。わしは死にきれない自分を恥じた。しかし骨肉《こつにく》の愛と清盛に対する復讐心《ふくしゅうしん》とがわしを死にきれさせなかった。
康頼 侮辱《ぶじょく》されながら、しかも自殺できないほどの苛責《かしゃく》がありましょうか。それは実に一種言いようのないわるい[#「わるい」に傍点]状態です。
成経 清盛めは父とわしとを同じ備前《びぜん》の国に流しました。
康頼 さすがに気の毒に思ったのでしょう。
成経 重盛《しげもり》が懇願《こんがん》したからです。しかし結果は残酷《ざんこく》ないたずらと同じになりました。ちょうど中を隔《へだ》てた一つの檻《おり》に親子の獣《けもの》をつなぐように。わしの配所《はいしょ》の児島《こじま》と父の配所の有木《ありき》の別所とは間近いのです。しかも決してあうことは許されないのです。その欠乏と恥辱との報知だけはしきりに聞こえるけれども。(間。顔色が悪くなる)ついにわしは父が殺されたといううわさを聞きました。しかしその真否《しんぴ》を確かめることができないうちに、この鬼界《きかい》が島に移されてしまった。
康頼 それはきっと虚報《きょほう》でしょう。重盛《しげもり》が生きている限りはよもや成親殿《なりちかどの》を殺させはしますまい。自分の愛する妻の兄を! たとえ清盛《きよもり》が何と言いはっても。
成経 (頭を振る)いや虚報ではありますまい。虚報にしては、あまりに細部《さいぶ》にわたった報知だったから。清盛は父をひどく憎《にく》んでいました。彼は自分の憎悪《ぞうお》を復讐《ふくしゅう》せずに制することのできるようなやつではありません。西光《さいこう》殿をあらゆる残酷《ざんこく》な拷問《ごうもん》によって白状させたあとで、その口を引きさいて首をかけたほどの清盛です。あゝ彼らは父を殺すのにどんな恥ずべき手段を用いたことか!
康頼 重盛に秘して、暗夜《あんや》に刺客《しかく》を忍《しの》び込ませましたか。
成経 彼らは鼠《ねずみ》をたおすに用いる毒薬を食に盛って
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