れば罪が滅びると教えてくださるので、皆喜んで米やお金を持って行きますでな。お寺は繁盛いたしますよ。すわっていて安楽に暮らして行けますよ。善い事をすれば極楽に行けるとはありがたい教えでございます。ところであいにくこの世の中は善い事ができぬようにくふうしてつくってありますでな。皆極楽参りができますよ。はゝゝゝ。
親鸞 そのようにおっしゃるのはごもっともでございます。
左衛門 あなたがたはまったくお偉いよ。むつかしいお経をたくさん読んでおられるでな。またそのお経に書いてあるとおりを実行なさるのでな。殺生《せっしょう》もなさらず、肉も食わず、妻も持たず、まるで生きた仏様みたようでございますよ。心の内で人を呪《のろ》う事もなければ、婦《おんな》を見て色情も起こりませぬのでな。いやきたない夢さえも御覧になりませぬのでな。御立派な事ですよ。さような立派なおかたがたに、わしみたような汚《けが》れたものの宅《うち》に泊まっていただいてはおそれ多い気がしますのでな。
親鸞 滅相な。私は決してあなたのおっしゃるような清い人間ではありません。
左衛門 わしはけさも殺生しました。それからけんかをしました。それから酒を飲みました。それから今はお前さんがたを……
お兼 左衛門殿。ちとたしなみなさらぬか。はたの聞く耳もつらいではありませんか。(顔を赤くする。親鸞に)御出家様。どうぞ堪忍してやってくださいまし。(左衛門に)あなたそんなに口ぎたなく言ったり、皮肉を言ったりしないでも、お断わりするのなら、そう言っておとなしくお断わりすればいいではありませんか。
左衛門 だから始めから断わってるではないか。わしは坊さんはきらいだから、お泊め申す事はできないのだ。
慈円 では私ら二人は泊めていただかなくともようございます。どうぞお師匠様だけは泊めてあげてくださいませ。たいへんお疲れでございますから。
良寛 御覧のとおり寒さにふるえていらっしゃいます。
慈円 吹雪《ふぶき》さえやめば、あすの朝早く発足いたしますから。
良寛 一夜の宿を頼むのも何かの因縁とおぼしめして。
左衛門 できないといったらできません。
[#ここから5字下げ]
外をあらしの音がする。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
慈円 私はどうなってもよろしい。ただお師匠だけは……(涙ぐむ)
左衛門 あいにくそのお師匠様がいちばんきらいだよ。人に虚偽を教えるものはなおさらいやだよ。わしはな悪人だが悪人という事を知っているのだ。
親鸞 あなたはよいところに気がついておられます。私とよく似た気持ちを持っていられます。
左衛門 はゝゝゝ。あなたと私と似てたまるものかい。
良寛 では宿の儀はかないませぬか。
左衛門 かないません。
慈円 ではあきらめます。どうぞその炉で衣をかわかす事だけお許しください。しみて氷のように冷たくなっています。
お兼 さあ、さあどうぞおかわかしなさいませ。今炭をついでよい火をおこしてあげますから。(炉のほうに行かんとする)
左衛門 (さえぎる)よけいな世話を焼くな。(声を荒くする)お前がたはなんというくどいやつだろう。さっきからわしがあれほど言うのがわからないのかい。少しは腹を立てい。この偽善者め。面《つら》の皮の厚い――
お兼 左衛門殿、左衛門殿。
左衛門 (親鸞に)早く出て行け。この乞食坊主《こじきぼうず》め。(親鸞を押す)
慈円 あまりと言えば失礼な――
良寛 お師匠様に手を掛けたな。
左衛門 早く出て行け。(良寛をこづく)
良寛 なにを。(杖《つえ》を握る)
左衛門 打つ気か。(親鸞の杖を取って振りあげる)
親鸞 良寛。手荒な事はなりませぬぞ。
[#ここから5字下げ]
親鸞二人の中に割って入る。左衛門親鸞を打つ。杖は笈《おい》にあたる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
慈円 お師匠様早くお出あそばせ。(左衛門をさえぎる)
松若 おとうさん。おとうさん。(うろうろする)
お兼 (まっさおになる)左衛門殿、左衛門殿。(後ろから左衛門を抱き止める)
左衛門 放せ。ぶちなぐってやるのだ。
[#ここから5字下げ]
親鸞、慈円、良寛、戸の外に出る。左衛門|杖《つえ》を投げる。杖は雪の上に落ちる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
松若 おとうさん。おとうさん。(左衛門にしがみついて泣く)
お兼 (外に飛んで出る。おどおどして親鸞をさする)痛かったでしょう。許してください。私どうしましょう。おけがはありませぬか。
親鸞 大事ありません。托鉢《たくはつ》をして歩けばこのような事は時々あることです。
お兼 どうぞ私の夫を呪《のろ》ってやってくださいますな。(泣く)悪いやつでもゆるしてやってくださいまし。
親鸞 心配なさるな。私はむしろあの人は純な人だと思っていますのじゃ。
慈円 あまりひど過ぎると思います。
良寛 (涙ぐむ)お師匠様。私はなさけなくなってしまいました。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から4字上げ]――黒幕――
第二場
[#ここから3字下げ]
舞台一場と同じ。夜中。家の内には左衛門、お兼、松若三人|枕《まくら》を並べて寝ている。戸の外には親鸞石を枕にして寝ている。良寛、慈円雪の上にて語りいる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
慈円 夜がふけて来ましたな。
良寛 風は落ちましたけれど、よけいに冷たくなりました。
慈円 足の先がちぎれるような気がします。(間)お師匠様はおやすみでございますか。
良寛 さっきまで念仏を唱えていられましたが、疲れて寝入りあそばしたと見えます。
慈円 すやすやと眠っていられますな。
良寛 お寝顔の尊い事を御覧なさいませ。
慈円 生きた仏様とはお師匠様のようなかたの事でしょうねえ。
良寛 私はおいとしくてなりません。(親鸞の顔に雪がかかるのを自分の衣で蔽《おお》うようにする)
慈円 なかなかの御苦労ではございませんね。
良寛 私は若いからよろしいけれど、お師匠様やあなたはさぞつろうございましょう。おからだにさわらなければようございますが。(親鸞のからだに手を触れて)まるでしみるように冷たくなっていられます。
慈円 この屋の家内は炉のそばで温《あたた》かく休んでいるのでしょうね。
良寛 主人はあまりひど過ぎますね。酒の上とは言いながら。
慈円 縁の先ぐらいは貸してくれてもよさそうなものですにね。
良寛 私は行脚《あんぎゃ》してもこのような目にあったのは初めてです。
慈円 お師匠様を打つなんてね。
良寛 私はあの時ばかりは腹が立ってこらえかねましたよ。お師匠様がお止めなさらぬなら打ちのめしてやろうと思いました。
慈円 あの手が腐らずにはいますまい。(間)お師匠様の忍耐強いのには感心いたします。私は越路《こしじ》の雪深い山道をお供をして長らく行脚《あんぎゃ》いたしましたが、それはそれはさまざまの難儀に出会いました。飢え死にしかけた事もありますし、山中で盗賊に襲われたこともありますよ。親知らず、子知らずの険所を越える時などは、岩かどでお足をおけがなされて、足袋《たび》はあかく血がにじみましてな。
良寛 京にいられた時には草鞋《わらじ》など召した事はなかったのでしょうからね。
慈円 いつもお駕籠《かご》でしたよ。おおぜいのお弟子《でし》がお供に付きましてね。お上《かみ》の御勘気で御流罪《ごるざい》にならせられてからこのかたの御辛苦というものは、とても言葉には尽くせぬほどでございます。
良寛 あなたはそのころから片時離れずお供あそばしていらっしゃるのですからね。
慈円 私は死ぬまでお師匠様に従います。京にいるころから受けたおんいつくしみを思えば私はどんなに苦しくても離れる気にはなられません。
良寛 ごもっともでございます。(間)私は比叡山《ひえいざん》と奈良《なら》の僧侶《そうりょ》たちが憎くなります。かほどの尊い聖人《しょうにん》様をなぜあしざまに讒訴《ざんそ》したのでございましょう。あのころの京での騒動のほども忍ばれます。
慈円 あのころの事を思えばたまらなくなります。偉いお弟子たちはあるいは打ち首、あるいは流罪になられました。どんなに多くの愛し合っている人々が別れ別れになった事でしょう。今でも私は忘れられませぬのはお師匠様が法然《ほうねん》様とお別れなされた時の事でございます。
良寛 さぞお嘆きなされた事でございましょうねえ。
慈円 それは深く愛し合っていられましたからね。お師匠様が小松谷の禅室にお暇乞《いとまご》いにいらした時法然様は文机《ふづくえ》の前にすわって念仏していられました。お師匠様は声をあげて御落涙なされましたよ。なにしろ土佐《とさ》の国と越後《えちご》の国ではとても再会のできないのは知れていますからね。それに法然聖人《ほうねんしょうにん》は八十に近い御老体ですもの。
良寛 法然様はなんと仰せになりましたか。(涙ぐむ)
慈円 親鸞よ。泣くな。ただ念仏を唱えて別れましょう。浄土できっと会いましょう。その時はお互いに美しい仏にしてもらっていましょう。南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》とおっしゃいました。
良寛 それきりお別れなされたのでございますか。
慈円 忘れもせぬ承元元年三月十六日、京はちょうど花盛りでしたがね。同じ日に法然様は土佐へ向け、お師匠様は北国をさして御発足あそばしました。
良寛 法然様は今はどうしていらっしゃいますでしょう。
慈円 もうおかくれあそばしました。そのたよりのあったのは上野《こうずけ》の国を行脚《あんぎゃ》している時でしたがね。お師匠様は道に倒れて泣き入られましたよ。
良寛 ではほんとうに生き別れだったのですね。
慈円 はい。(衣の袖で涙をふく)
[#ここから5字下げ]
両人しばらく沈黙。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
良寛 まだ夜はなかなか明けますまいな。
慈円 まだ夜中過ぎでございます。
良寛 寒くてとても眠られそうにはありませんね。
慈円 でも少しなと眠らないとあすの旅に疲れますからね。
良寛 では少し眠ってみましょうか。
[#ここから5字下げ]
両人横になり目をつむる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
左衛門 (うなる)うーむ。うーむ。
お兼 (身を起こす)左衛門殿。左衛門殿。(左衛門をゆり起こす)
左衛門 (目をさます)あゝ、夢だったのか。(あたりを見回し、ぼんやりしている)
お兼 あなたたいへんうなされましたよ。
左衛門 あゝこわい夢を見た。
お兼 私はちょっとも寝つかれないでうつらうつらしていたら、急にあなたが変な声をしてうなりなさるものだからびっくりしましたわ。
左衛門 ふむ。(考えている)
お兼 私は気味が悪かったわ。あなたが目をさますと、私を見た時にはそれは恐ろしそうな顔つきでしたよ。
左衛門 恐ろしいというよりも不気味《ぶきみ》な、たちの悪い夢だった。魂の底にこたえるような。(まじめな顔をして、夢をたどっている)
お兼 どんな夢ですの。話してください。私も気にかかる事があるのですから。
左衛門 (寝床の上にすわる)わしが鶏をつぶしている夢を見たのだよ。薄寒いような竹やぶの陰だったがね。わしはそこらにころがっている材木の丸太に片足かけ片手で鶏の両の翼と首とをいっしょに畳み込んで、しっぽや胴の羽を一本一本むしっていた。鶏は痛いと見えて一本抜くたびに足をひきつけて、首をぐいぐいさせてるけれど首をねじてあるのだから鳴く事はできないのだ。見る見る胴体から胸のほうにかけて黄色いぽツぽツのある鳥肌《とりはだ》がむきだしになった。その毛の抜けた格好のぶざまなのが、皮肉なような、残酷な感じがするものでね。
お兼 まあいやな。あなたがいつも鶏をつぶしなさるから、そのような夢を見るのですわ。
左衛門 ところで今度はあの翼を抜かねばならない。わしは片方の翼と足とを捕《つ
前へ
次へ
全28ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング