躇《ちゅうちょ》する。やがて、そこここを、捜しては摘む。摘みつつ歌う。かえでは子供をじっと見ている。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
子供一 ここにつくし[#「つくし」に傍点]があった。
子供二 そう。(見る)ほんに。皆つくしを摘みましょうよ。
子供一 (つくしを手に持って歌う)一本摘み初め。(捜しつづける)
[#ここから5字下げ]
子供たちつくしを捜す。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
子供二 見つけた。(歌う)二本摘み添え。
子供三 ここにもあってよ。ずいぶん大きくてよ。
子供四 私も見つけた。私のほうが大きくてよ。
子供三 比べてみましょう。(二本あわせて丈《たけ》を比べる)
子供四 私のが少し長いわ。
子供三 くやしいね。
子供一 皆、来て御覧、ここにお地蔵さんが小さなよだれかけ[#「よだれかけ」に傍点]をしていらしてよ。
[#ここから5字下げ]
子供たちそちらに行きて見る。皆笑う。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
子供二 赤ちゃんみたいね。(地蔵の頭をなでる)
子供三 幾つ並んでるの。
子供四 (数える)六つよ。
子供一 四つ目のは首がないのね。
子供二 あゝ、わかった。これは六地蔵というのでしょ。
子供三 地蔵さんてなあに。
子供四 仏《のう》さまでしょう。
子供一 ではこの花をあげましょうよ。(籃《かご》の中から野菊を出して地蔵の前に立てる)
子供二 皆おがみましょうよ。(ひざまずき手を合わす)
[#ここから5字下げ]
子供一同代わる代わるひざまずき手を合わす。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
子供一 あの森のなかの塔のほうに行ってみなくて。
子供二 えゝ、行ってみましょう。
[#ここから5字下げ]
子供たち森のなかにはいり、歌いつつ退場。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
かえで 子供は無邪気なものね。(考えている)
唯円 まったく罪がありませんね。
かえで なんの苦も無さそうに見えるのね。(間)私も一度あのころに返ってみたいわ。あのころはしあわせだったわ。まだおとうさんが生きていらっしゃるころは。
唯円 あなたにはおとうさんが無いのでしたね。私にはおかあさんが無いのですけれど。
かえで あなたのおとうさんはどこにいらっしゃるの。
唯円 国にひとりいます。常陸《ひたち》の国の田舎《いなか》に。
かえで 常陸と言えばずいぶん遠いのでしょう。
唯円 えゝ。十何か国も越えた東のほう。あなたのおかあさんは?
かえで 播州《ばんしゅう》の山の奥よ。病身なのよ。(考える)おとうさんのないのと、おかあさんの無いのとどちらが不幸でしょうか。
唯円 おかあさんが無いと、着物のことなんか少しもわからなくて、それは困りますよ。
かえで でもおとうさんが無いと暮らしに困ってよ。私なんかおとうさんさえいてくだすったらこのような身にならなくてもよかったのだわ。
唯円 もうよしましょうよ。自分らのふしあわせの比べっこをするなんて、ずいぶんなさけない気がします。
かえで 私は子供の時には家《うち》の貧乏な事など少しも気にならないで、お友だちとはねまわって遊んだわ。けれどもそのような時は短かったの。私が十三の時におとうさんがなくなってからは、おかあさんと二人でそれは苦労したわ。御飯も食べない時もあったわ。そのうちにおかあさんが病気になったのよ。それからはもうどうもこうもならなくなってしまったのよ。そのころの事よ。私は村はずれのお地蔵様に毎日はだし参りをしました。おかあさんの病気がなおりますようにと夢中になって祈りました。私はさっき子供がお地蔵様を拝んでいるのを見て、その時の事を思い出して涙が出ました。いくら拝んでも病気はなおらないのよ。
唯円 それでしかたが無いから身を売ったの。
かえで 身を売るのがどのようなものか私はよく知らなかったのよ。十四の年ですもの。世話人が来て京に出て奉公すればたくさんお銭《あし》がもらえると勧めたのよ。おかあさんはやらないと言ったのよ。けれど私は思い切って京に出る気になったの。だっておかあさんは薬も何もないのですもの。
唯円 …………
かえで 私は小さなふろしき包みをしょって、世話人に連れられて村を出ました。村の土橋の所までかあさんが送って来てくれました。別れる時におかあさんは私を抱いて泣いて、泣いて――
唯円 たまらなかったでしょう。つらかったでしょう。
かえで 京へ来てからは毎日こき[#「こき」に傍点]使われました。三味線や歌を習わせられました。よく覚わらないので撥《ばち》でたたかれました。お稽古《けいこ》の暇には用使いから、お掃除《そうじ》から、使わねば損のように皆が追い使いました。私はいっそ死んでしまおうと思った事もありました。
唯円 そうまで思い詰めましたか。
かえで えゝ。お皿《さら》を一枚こわしたと言って、ひどく、しつこくしかるのですもの。犬だの、青猿《あおざる》だのとののしるのですもの。それでも私は黙ってお庭のお掃除をしました。でも口ごたえでもしょうものなら、それこそたいへんな目にあうのですからね。私はちり取りを持ってごみ[#「ごみ」に傍点]捨てに川原に出ました。そして川の水の流れるのを見て立ちつくしました。その時私は死んでしまおうかと思いました。
唯円 ほんとにねえ。
かえで ねえさんがいてくださらなかったら、私はきっとあのころ死んでいたでしょう。
唯円 浅香さんはよくしてくれましたか。
かえで えゝ。影になり、日向《ひなた》になり、私をかぼうてくださいました。(間)私より小さい人が新しく来てからは私は少しはらくになりました。けれど今度はいやないやな事を強《し》いられました。
唯円 それはもう言わないでください。言わないでください。(目をつむる)
かえで こらえてください。私はあなたよりほかにこのような話をする人はないのですから。ついつり込まれて、身の上話をいたしました。
唯円 いいえ。私はただなんと言ってあなたを慰めていいか、わからないのがつらいのです。どうぞ耐え忍んでください。私はそういうよりありません。悲しいのはあなたばかりではないのです。お師匠様でも、善鸞様でも、内容こそ違え、それはそれはたまらないような深い悲しみを持っていられます。でも耐え忍んで生きていられます。死ぬのはいけません。どんなに苦しくても死ぬのはいけません。自殺は他殺よりも深い罪だとお師匠様がおっしゃいました。仏様からいただいたいのちに対して何よりも敬虔《けいけん》な心を持たねばいけません。火宅のこの世では生きる事は死ぬる事よりも苦しい場合はいくらもあります。そこを死なずに、耐え忍ぶ時に、信心ができるようになるとお師匠さまがおっしゃいました。
かえで 私のようなものでも信心ができるでしょうか。
唯円 できなくてどうしましょう。あなたのような純な人に。
かえで 私は学問も何も知りませんよ。
唯円 そのようなものは信心となんの関係もありません。悲しみと、愛とに感ずる心さえあればいいのです。
かえで 私はどうすればいいのでしょう。
唯円 あなたはお地蔵様に、かあさんの病気がなおるように願いましたね。なおりませんでしたね。あの時お地蔵様を恨みましたか。
かえで お恨み申しました。
唯円 その時仏様を恨まずに、このようにふしあわせなのも、私がいつか悪い事をした報いなのだ。けれど仏様は私を愛していてくださるのだ。そしてどこかで助けてくださるのだと信ずるのです。それが信心です。それはほんとうなのですからね。あの慈悲深いお師匠様がうそをおっしゃるはずはありません。
かえで 私のように人から卑しまれる、汚れた女でも仏様は助けてくださいましょうか。
唯円 助けてくださいますとも。どのような悪い人間でも赦《ゆる》して、助けてくださるのですもの。
かえで 私はうれしゅうございます。私はあなたとつき合うようになってから、美しい、善《よ》いものをだんだんと願い、また信じる事ができるようになって来ました。私はこれまで媚《こ》びることや、欺くことばかり見たり、聞いたりして来ました。愛というようなものはこの世には無いものとあきらめていました。それがこのごろは、私をつつむ愛の温《あたた》かさを待ち、望み、そして信じる事ができそうな気がしだしました。明るい光がどこからかさし込んで来るようなここちがしだしました。
唯円 あなたの周囲にいる人たちが悪かったのです。これからは、明るい美しい事を考えるようにならねばいけません。
かえで あなたなどはしあわせね。毎日尊いお師匠様のおそばで清いお話を教えてもらったり、仏様の前でお経を読んだりなさるのね。私などの毎日している事はそれと比べてなんという醜い事でしょう。私はつくづくいやになってよ。
唯円 あのお師匠様のそばにいる事は心からしあわせと思います。けれどお寺の中は清い事ばかりはなく、また坊様にもいやな人はたくさんありますよ。お寺とか、坊様とかいう事はそんなにたいした事ではないのです。大切なのは信ずる心なのです。お師匠様から聞いた事は、皆私があなたに教えてあげますよ。またあなたをいつまでも、今の所には、私は決して置かぬ気です。
かえで ほんとに早くそうなれるような、よい分別を出してくださいな。そして私を善《よ》い女になれるように導いてくださいな。
唯円 そうしなくていいものですか。(肩をそびやかすようにする)
かえで 私はなんだかうれしくなって来ました。(ほれぼれと唯円の顔を見る)ほんとうにいつまでもあなたのおそばにいられるようにしてくださいよねえ。
唯円 きっとそうしますよ。
かえで おゝ、うれしい。そしたら私あなたを大切にしてよ。
[#ここから5字下げ]
この時夕暮れの鐘が殷々《いんいん》として鳴る。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
かえで (立ち上がる)私きょうはもう帰らないといけないのよ。
唯円 も少しいらっしゃいよ。
かえで でもおそくなると困るのですもの。
唯円 ではちょっとの間。あの夕日があの楠《くす》の木の陰になるまで。私は帰しませんよ。(さえぎるまねをする)
かえで (すわる)私も帰りたくなくてしょうがないのよ。
[#ここから5字下げ]
二人しばらく沈黙。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
唯円 かえでさん。
かえで はい。
唯円 かえでさん。かえでさん。かえでさん。
かえで まあ。(目をみ張る)
唯円 あなたの名がむやみと呼んでみたいのです。いくら呼んでも飽きないのです。
かえで (涙ぐむ)私はあなたといつまでも離れなくてよ。墓場に行くまで。
唯円 私は恋の事を思うと死にたくなくなります。いつまでも生きていたくなります。
かえで でも人は皆死ぬのね。このたくさんな墓場を御覧あそばせ。
唯円 私は恋をしだしてから、変に死の事が気になりだしました。(ひとり言のごとく)恋と運命と死と、皆どこかに通じた永遠な気持ちがあるような気がする。(考える)もしかすると私は若死にかもしれない。
かえで どうして?
唯円 私は病身ですもの。
かえで そんな事があるものですか。
[#ここから5字下げ]
両人ちょっと沈黙。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
かえで もうお日様が楠《くす》の木にかかりました。(立ち上がる)
唯円 あゝしかたがない。(立ち上がる)
かえで では帰りますわ。
唯円 今度はいつ。
かえで きめられませんわ。あとでお手紙で知らせますわ。
唯円 できるだけ早く。
かえで えゝ。ほんとうに手紙を取りに来てくださる?
唯円 きっと行きます。口笛を吹きますからね。
かえで これからお寺へ帰ってどうなさるの。
唯円 晩のお勤めに仏様を拝むのです。
かえで あゝ。私はまた歌をうたわねばならぬ
前へ 次へ
全28ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング