用意ができていたのです。
良寛 前のものからあとのものに移る必然性がある時には、たやすいほどな確かさがまるで水の低きに流れるようにして得られるものでございますね。
親鸞 あなたの信心は堅固なものだと存じます。
左衛門 私は今夜はうれしい気がします。この幾年私の心を去っていた平和が返って来たようなここちがいたします。(涙ぐむ)
お兼 ほんとにそうですわ。もうずいぶん長い間あなたが潤うた、和らかな心でいらしたことはありませんわ。
親鸞 あなたは自分を悪に慣らそうとつとめているとおっしゃいましたね。
左衛門 私は生まれつき気が弱くていけないのです。それでは渡世に困るから、もっと悪人にならねばならぬと思ったのでした。
お兼 それで猟を始めたり、鶏をつぶしたり、百姓《ひゃくしょう》とけんかしたりするのでございますよ。
親鸞 私はあなたの心持ちに同情します。しかしそれは無理な事です。あなたは「業《ごう》」ということを考えたことはありませぬか。人間は悪くなろうと努めたとて、それで悪くなれるものではありません。また業に催されればどのような罪でも犯します。あなたは無理をしないで素直にあなたの心のほんとう
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