れを無理とは思いません。
左衛門 あなたはこわくはないのですか。
親鸞 こわくないどころではありません。私はその恐怖に昼も夜もふるえていました。私は昔から地獄のある事を疑いませんでした。私はまだ童子であったころに友だちと遊んで、よく「目蓮尊者《もくれんそんじゃ》の母親は心が邪険で火の車」という歌をうたいました。私はその歌が恐ろしくてなりませんでした。そのころから私はこの恐怖を持っていたのです。いかにすれば地獄から免れる事ができるか。私は考えもだえました。それは罪をつくらなければよい。善根を積めばよいと教えられました。私はそのとおりをしようと努めました。それからというもの、私は艱難辛苦《かんなんしんく》して修業しました。それはずいぶん苦しみましたよ。雪の降る夜、比叡山《ひえいざん》から、三里半ある六角堂まで百夜も夜参りをして帰り帰りした事もありました。しかし一つの善根を積めば、十の悪業《あくごう》がふえて来ました。ちょうど、賽《さい》の河原《かわら》に、童子が石を積んでも積んでも鬼が来て覆《くつがえ》すようなものでした。私の心の内にはびこる悪は、私に地獄のある事をますます明らかに証《あか
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