とき調子となる。新しき幻影現わる。
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顔蔽いせる者 見よ。
人間 若い男と女だな。男はたくましい腕の中に女を抱いている。そして女は男の胸に顔をうずめている。玉のような肩に黒髪がふるえている。甘いさざめきに酔っているのだろう。
顔蔽いせる者 よく見よ。
人間 (熟視す)あゝ泣いているのだ。男は女をはなしてため息をついている。さびしそうな顔。
顔蔽いせる者 幸福の破れるのを知りかけているのだ。
人間 あなたを呼んでいるのではありませんか。
顔蔽いせる者 わしに気がつきかけているのじゃ。しかし、わしを呼ぶのを自らさけているのじゃ、自分をいつわっているのじゃ。
人間 男はふたたび女を抱こうとしました。けれど女はこのたびは突きのけました。そして男を呪《のろ》うています。男は女を捕えました。無理に引っぱって崖《がけ》のそばに行きました。……あゝあぶない。……(叫ぶ)あッ。
顔蔽いせる者 わしをまっすぐに見ないものの陥るあやまちじゃ。(音楽やみ、幻影消ゆ)
人間 私はあなたをみとめています。あなたをまっすぐに見ています。あなたの本
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