倒れになるものもある。また思いも設けぬ偶然の出来事で、途方もない、ほとんど信じられぬような死に方をするものもある。やがて愛らしい花嫁となる処女《むすめ》が、祝言《しゅうげん》の前晩に頓死《とんし》するのもある、母親の長い嘆きとなるのも知らずに。麻痺《まひ》した心《しん》の臓のところに、縫いかけた晴れ着をしっかり抱き締めたりしてな。あるいはつい先刻まで快活に冗談など言いながら働いていた大工が、踏みはずして屋根から落ちて死ぬのもある。その突然で偶然なことは涙をこぼす暇さえも与えないように残酷なのがある。皮肉な感じさえ起こさせるのがある。あの観経《かんぎょう》にある下品往生《げぼんおうじょう》というのは、手は虚空《こくう》を握り、毛穴からは白い汗が流れて目もあてられぬ苦悶《くもん》の臨終だそうな。恐ろしいことじゃ。業《ごう》によっては何人がそのような死に方をするかもはかられぬのじゃ。だがそのような浅ましい臨終はしても、仏様を信じているならば、助けていただく事はたしかなのじゃ。救いは機にかかわらず確立しているのじゃ。信心には一切の証《あかし》はないのじゃ。これがわしが皆にする最後の説教じゃ。わ
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