たい。お師匠様どのような恋が聖い恋でございますか。
親鸞 聖い恋とは仏の子にゆるされた恋のことだ。いっさいのものに呪《のろ》いをおくらない恋のことだ。仏様を初めとし恋人へも、恋人以外の人にも、また自分自身へも。
唯円 (一生懸命に傾聴している。時々不安な表情をする)
親鸞 (厳粛に)仏様に呪いを送らぬのに二つある。一つは誓わぬ事。他の一つは、たとい恋が成らずとも仏様を恨みぬ事。
唯円 つまり仏様にまかせることでございますな。
親鸞 そのとおりだ。恋人以外の人に呪いをおくらぬとは、恋人を愛するがゆえに他人をそこなうようにならないことだ。恋の中にはこのわがままがある。これが最も恋を汚すのだ。今度の騒ぎを起こしたのはこのわがままが種になったのだ。お前は恋のために私をだまし、先輩や朋輩衆《ほうばいしゅう》に勤めを欠いた。恋ぐらい排外的になりがちなものはないからな。また多くの恋する人は他人を排することによって、二人の間を密接にしょうとするものだ。「あのような人はいやです」と言うと、「あなたは好きです」ということを、ひそかに、けれどいっそうつよく表現することになるのでな。そこに甘味があるからな。だ
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