ものとしたらなぜ涙と感謝とがその感情にともなうのでしょう。あの人を思う私のこころは真実に満ちています。胸の内を愛が輝き流れています。湯のような喜びが全身を浸します。今こそ生きているのだというような気がいたします。あゝ、私たちがどんなに真実に愛しあっているかをあなたがたが知ってくださったら! 私は自分の心からわいて起こる願いを大切にして生きたいと思います。そのねがいが悪いものでない以上は、決してあきらめまいと思います。お師匠様がおっしゃいました。宗教というのは、人間の、人間として起こしてもいい願いを墓場に行くまで、いかなる現実の障碍《しょうげ》にあってもあきらめずに持ちつづける、そしてそのねがいを墓場の向こうの国で完成させようとするこころを言うのだって。あの小さい可憐《かれん》なむすめ、淵《ふち》の底に陥って泥《どろ》にまみれてもがいている。もう死ぬのだとあきらめている。そこに救いの綱がおりて来た。それを握れば助かるという。でもそれを初めは拒んだほど不幸に身を任せていたのだ。私はあの女に助けられたいという欲望を起こさせるのにどんなに骨を折ったろう。とうとう綱を握った。もう明るい陸のきわま
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