さんが無いのですけれど。
かえで あなたのおとうさんはどこにいらっしゃるの。
唯円 国にひとりいます。常陸《ひたち》の国の田舎《いなか》に。
かえで 常陸と言えばずいぶん遠いのでしょう。
唯円 えゝ。十何か国も越えた東のほう。あなたのおかあさんは?
かえで 播州《ばんしゅう》の山の奥よ。病身なのよ。(考える)おとうさんのないのと、おかあさんの無いのとどちらが不幸でしょうか。
唯円 おかあさんが無いと、着物のことなんか少しもわからなくて、それは困りますよ。
かえで でもおとうさんが無いと暮らしに困ってよ。私なんかおとうさんさえいてくだすったらこのような身にならなくてもよかったのだわ。
唯円 もうよしましょうよ。自分らのふしあわせの比べっこをするなんて、ずいぶんなさけない気がします。
かえで 私は子供の時には家《うち》の貧乏な事など少しも気にならないで、お友だちとはねまわって遊んだわ。けれどもそのような時は短かったの。私が十三の時におとうさんがなくなってからは、おかあさんと二人でそれは苦労したわ。御飯も食べない時もあったわ。そのうちにおかあさんが病気になったのよ。それからはもうどうもこうも
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