《こぶし》を握る)私にお銭があったらなあ。
かえで いいのよ。私はあなただけはお客としてつきあってるのではないのですもの。いくらできたって、あなたにお銭で買われるのは死んでもいやですわ。(涙ぐむ)
唯円 あなたは私ゆえにつらいでしょうねえ。
かえで 私はかまいませんわ。それよりあなたお寺のほうの首尾が悪くはなくて。
唯円 (暗い顔をする)少しはお弟子《でし》たちには怪しく思っているものもあるようです。
かえで お師匠様には知れはしなくて。
唯円 えゝ。(不安そうな顔をする)
かえで きょうはなんと言って出ていらしたの。
唯円 黒谷《くろだに》様にお参りして来ると言ったのです。
かえで お師匠様はなんとおっしゃいました。
唯円 ついでに真如堂《しんにょどう》に回って、ゆっくりして帰るがいいとおっしゃいました。
かえで そうですか。(考える)
唯円 私はお師匠様にうそをつくのが苦しくていけません。けさも黒谷にお参りして、法然《ほうねん》様のお墓の前にひざまずいて、私は心からおわびを申しました。
かえで (急に沈んだ表情になる)清いあなたにうそを言わせるのも皆私のせいです。
唯円 いいえ。そ
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