びれない立派な応対でしたわ。私はかえってあの坊様にあなたの風《ふう》を見せるのが恥ずかしくて顔が赤くなるようでしたわ。
左衛門 まったくいけなかったね。
お兼 それにあの坊様はあなたの言葉に興味を感じて注意しているようでしたよ。むしろ親しい好意のある表情をして聞いていましたよ。
左衛門 わしもそんな気がせぬでもなかった。
お兼 ほんとに宵《よい》のあなたはみじめだったわ。坊様はあなたの皮肉に参らないで、かえってあなたを哀れみの目で見ているようでしたよ。
左衛門 (顔を赤くする)そう言われてもしかたがない。
お兼 お弟子衆《でししゅう》は私らは家の外でもよろしい、ただお師匠様だけは凍えさせたくない、と言って折り入って頼むのに、あなたは冷淡に構えているのですもの。私かわいそうでしたわ。
左衛門 どうしてああだったのだろう。わしの中に悪霊でもいたのだろうか。
お兼 おまけに杖《つえ》でぶったのですもの。あの時年とったお弟子は涙ぐんでいましたよ。若いほうのお弟子が腹を立てて杖を握りましたら、坊様はそれを止めましたよ。威厳のある顔つきでしたわ。
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左衛門、黙って腕を組んでいる。
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お兼 私は外に飛んで出て思わず坊様の肩をさすって許しを乞《こ》いましたのよ。でもあまりおいとしかったのですもの。
左衛門 坊様はその時なんと言った。
お兼 大事ありません、行脚《あんぎゃ》すれば、このような事はたびたびありますとおっしゃいました。
左衛門 あれからどうしただろうかねえ。さだめしわしを呪《のろ》った事であろう。(考える)お前これから行って呼びもどして来てくれないか。あの坊様が一生呪いを解かずに雪の中を巡礼していると思うとわしはたまらなくなる。
お兼 いいえ。夫を呪ってやってくださるなと私が言ったら、安心なさい、私はむしろあの人を心の純な人と思っていますとおっしゃいましたよ。
左衛門 そんな事を言ったかえ。(涙ぐむ)どうぞも一度連れて来てくれ。わしはあやまらなくては気がすまない。
お兼 この雪の降る真夜中にどことあてもなく捜すことができるものですか。
左衛門 これきり会えないのはたまらない気がする。
お兼 でもしかたがありませんわ。
左衛門 もしかまだ門口にいられはすまいか。
お兼 そんな事があるものですか。あんな所に立っていたら凍え死にしてしまいますわ。
左衛門 でも気になるから、見て来てくれ。
お兼 見て来るには来ますけれどね。(手燭《てしょく》をともし、庭におり、戸をあけて外を透かして見る)あら(叫ぶ。外に一度飛んで出る。それからまた内にはいる)左衛門殿。早く来てください。来てください。(外に飛び出る)
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左衛門、緊張した、まっさおな顔をして外に飛び出る。松若母の声に目をさまし、父のあとからついて出る。三人の僧驚いて目をさまし、身を起こす。
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お兼 まあ、あなたがたはまだここにいらしたのですか。この雪の降るのに、この夜中に。まあ、どうだろう。冷たかったでしょう。凍えつくようだったでしょう。
左衛門 (親鸞に)私は……私は……(泣く)許してください。(雪の上にひざまずく)
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親鸞、感動する。少しおどおどする。それから黙って左衛門の肩をさする。
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お兼 根はいい人なのですからね。根はいい人なのですからね。
慈円 (涙ぐむ。小声にて)南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》南無阿弥陀仏。
良寛 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。
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異様な緊張した感動一同を支配す。少時沈黙。
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お兼 どうぞ皆様内にはいってください。炉にあたってください。冷たかったでしょう。この夜中に。薄い衣きりで。ほんとにどうぞはいってください。(親鸞の衣より雪を払う)こんなに雪がたくさんかかって。(内にはいる)
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左衛門続いてはいる。親鸞、慈円、良寛、沈黙して内にはいり、雪を戸口で衣より払い庭に立つ。
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左衛門 (座敷に上がる)どうぞ上がってください。お兼たき木をたくさんついでくれ。
お兼 (たき木をつぎつつ)どうぞ上がってください。炉のそばで衣をかわかしてください。
親鸞 (弟子に)ではあげてもらいましょう。(草鞋《わらじ》を脱いで座敷に上がり炉のそばに寄る。慈円、良寛それにならう)
左衛門 宵《よい》には私はひどい仕打ちをいたしました。酒を飲
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