なたと一つお寺にいることはできません。私が出るか、あなたが出るか、お師匠様に決めていただきます。
唯円 それはあまりです。まあお待ちくださいまし。
僧一 私は申すだけのことは申しました。(衣を払う)もうほかにいたし方がございません。
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僧三人退場。
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唯円 (あとを見送り茫然《ぼうぜん》とする。ため息をつく)私はどうすればいいのだろう。恋はこのようにつらいものとは思わなかった。ほとんど絶え間のないこの心配、そしてたましいは荷を負わされたように重たい気がする。(間)けれどその奥からわいて来る深いよろこび! おののくような、泣きたいような――死にたいようなうれしさ! (狂熱的に)かえでさん、かえでさん、かえでさん。(自分の声に驚いたようにあたりを見回す。考えがちになる)けれど私は間違ってるのだろうか。見えない力に捕えられているのではあるまいか。(仏壇のほうを見る)あのとぼとぼする蝋燭《ろうそく》の火が私の心に何かささやくような。あの慈悲深そうなおん顔。さぞ私があわれにみじめに見えることだろう。私は何もわかりません。今していることがいいのやら、悪いのやら、行く先々どうなることやら、思えば私はこれまで人を裁くことがどんなにきびしかったろう。こんなに弱いみじめな自分とも知らないで。さっきはあんなに強くいったけれど。私はなんだか、何もかも許されない人間のような気がする。お慈悲深いほとけ様、(手を合わせる)どうぞ私をゆるしてくださいませ。
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[#地から4字上げ]――黒幕――

      第二場

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親鸞聖人居間
舞台 第三幕、第二場に同じ
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人物 親鸞《しんらん》 唯円《ゆいえん》 僧三人
時  同じ日の夜

僧三人、親鸞と語りいる。
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親鸞 私もうすうす気はついていたのだ。けれど黙って見ていたのだよ。このようなことはあまりはたでかれこれ騒ぐのはよくないからな。
僧一 私たちもそう思ってきょうまで見のがして来ました。そして若いお弟子衆《でししゅう》の騒ぐのをおさえていました。そのうちには、唯円殿も自分の所業を反省するのであろうと考えましたので、けれど唯円殿の身持ちはだんだん悪くなるばかりのようでございます。
僧二 日に日にわがままがつのります。なんとか言っては外出《そとで》いたします。そしておそくまで帰りませんのでお勤めなども怠りがちでございます。
僧三 いつもため息をついたり、泣きはらしたような目をして控えの間などに出たり、庫裏《くり》で考え込んだりしているものですから、ほかの弟子衆の目にもあまるらしいかして、ずいぶんやかましく申しています。
僧一 唯円殿が木屋町あたりのお茶屋の裏手をうろうろしていたのを見たものがありまして、私のところに告げて来ました。取りみだして、うろたえた、浅ましい姿をしていましたそうです。お銭《あし》無しのかくれ遊びなのでお茶屋でもおこっているそうです。私はもう若いお弟子たちをしずめることができなくなりました。
僧二 相手は松《まつ》の家《や》というお茶屋のかえでとかいうまだ十七の小さい遊女だそうですがね。昨年の秋かららしいのです。善鸞様|御上洛《ごじょうらく》の際唯円殿がたびたびひそかに会いに行ったらしいのです。その時知り合ったものと見えます。なにしろ困ったことでございます。
僧三 きょうもお勤めが済んでから晩《おそ》く帰りました。私たちが本堂に行ったら、仏壇の前にうつぶして泣いていました。顔は青ざめ、目は釣《つ》り上がって、ただならぬさまに見えました。私たちはいつまでも、ほっておいては、唯円殿の身のためでないと存じましたので、ねんごろに意見いたしました。
僧一 寺のため、法のためを説いて、くれぐれも諭《さと》し聞かせました。けれど耳にはいらぬようでございます。
僧二 自分のしている事をあまり悪いとは思っていないように見えます。自分でそう申しました。
僧三 なんという事でしょう。その遊女と夫婦約束をしたというのです。そして私たちの目の前でその女をほめたてました。
僧一 私はねんごろにものの理と非を説き、法のために、その遊女を思いきるように頼みました。けれどあくまで思い切る気は無いと言い切りました。
僧二 おしまいには法と恋とどちらもできなくてはうそだと言い出しました。もう我れを忘れて狂気のようになっていました。
僧三 私たちの意見を聞きいれぬのみか、反対に私たちに向かって、説教しょうとする勢いでした。
僧二 なにしろ驚きました。あきれて、浅ましくさえなりました。さすが忍耐深い永蓮《よう
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