が仏様のお慈悲をいただいていればいつも心がうれしいはずですからね。いつも希望が満ちていなくてはなりません。また仏様の兆載永劫《ちょうさいようごう》の御苦労を思えば、感謝の念と衆生《しゅじょう》を哀れむ愛とが常に胸にあふれていなくてはなりませんからな。法悦《ほうえつ》のないのは信心の獲得《ぎゃくとく》できていない証《あかし》だと思います。気を悪くなさいますな。いや若い時はだれでもそんなものですよ。
僧一 おやお勤めの始まる鐘がなっています。
僧二 本堂のほうへ参らなくてばなりません。
僧三 ではごいっしょに参りましょう。唯円殿は?
唯円 私はお師匠様のお給仕をいたしますので。
[#ここから5字下げ]
三人の僧退場。唯円しばらく沈黙。やがて茶器を片付け、立ちあがり、廊下にいで、柱に身をよせかけ、ぼんやりして下の道路を見ている。商家の内儀と女中と下の道路の端に登場。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
内儀 きょうはたくさんなお参りだね。
女中 いいお天気でございますからね。
内儀 ずいぶんほこりが立ちますね。(眉《まゆ》をひそむ)
女中 お髷《ぐし》が白くなりましたよ。
内儀 そうかえ。(手巾《てぬぐい》を出して髷《まげ》を払う)少し急いで歩いたものだから、汗がじっとりしたよ。(額や首をふく)
女中 ほんに少し暑すぎるくらいですね。
内儀 線香に、米袋に、お花、皆ありますね。
女中 皆ちゃんとそろっています。
内儀 おやお勤めの鐘がなってるよ。
女中 ちょうどよいところへ参りました。
内儀 早く本堂のほうに行きましょう。(道路の向こうの端に退場)
親鸞 (登場。唯円の後ろに立つ)唯円、唯円。
唯円 (振り向く。親鸞を見て顔を赤くする)
親鸞 そんなところで何をしている。
唯円 ぼんやり町を通る人を見ていました。
親鸞 きょうはよいお天気じゃの。
唯円 秋にしては暑いくらいでございます。
親鸞 たくさんな参詣人じゃの。
唯円 はい。ここから見ているといろいろな人が下を通ります。
[#ここから5字下げ]
丁稚《でっち》二人登場。角帯をしめ、前だれをあて、白足袋《しろたび》をはいている。印のはいったつづらを載せた車を一人がひき、一人が押している。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
丁稚一 もっとゆっくり
前へ
次へ
全138ページ中38ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング