体を知りたいと願っています。
顔蔽いせる者 小猿《こざる》の知識でな。ものの周囲をまわるけれど決してものの中核にはいらない知識でな。
人間 私はあなたの力を認めます。あなたの破壊力を。あなたは何のために、ものをこわすのですか。
顔蔽いせる者 それはこわれないたしかなものを鍛え出すためじゃ。
人間 私はそのたしかなものを求めます。私があなたを知って以来あなたにこわされないものを捜しています。
顔蔽いせる者 見つかったかな。
人間 まだ。たしかなと思ったものはみなあなたがこわしてしまいましたから。征服欲も友情も、恋も学問も。
顔蔽いせる者 こわれるものはみなこわすのがわしの役目じゃ。(間)
人間 たしからしいものを見つけました。今度は大丈夫のつもりです。
顔蔽いせる者 何ものじゃ。
人間 子供です。たとえ私は衰えて死滅しても、わたしの子供は新しい力で生きるでしょう。私の欲望を子供の魂のなかに吹きこみます。
顔蔽いせる者 お前はまだ知らないな。
人間 え。
顔蔽いせる者 お前のむすこは死んだぞ。
人間 えっ。(まっさおになる)そんなことがあるものか。
顔蔽いせる者 凶報が来るのにまもあるまい。
人間 達者で勉強しているという手紙が来たのはけさのことです。
顔蔽いせる者 午《ひる》すぎに死んだのだ。
人間 うそだ。
顔蔽いせる者 (沈黙)
人間 (熟視す)あゝあなたの態度にはたしかさがある。(絶望的に)だめだ!
顔蔽いせる者 さようなら。
人間 (あわてる)待ってください。せがれは病気をかくしていたのですね。あわれな父に心配させまいと思って。
顔蔽いせる者 組でいちばん元気だった。
人間 決闘しましたか。無礼な侮辱者を倒すために。あれは名誉を重んじたから。
顔蔽いせる者 いいや。
人間 ではどうして?
顔蔽いせる者 煙突から落ちたのだ。
人間 (失神したるがごとく沈黙)
顔蔽いせる者 二分間前まで日あたりのよい芝生《しばふ》の上で友人とたのしく話していた。その時友の一人がふとした思いつきで、たれか煙突にのぼって見せないかと言った。お前の子はこれもほんの気まぐれに、一つは友だちを笑わせようという人のいいおどけた心で、快活に、「やってみよう」といってのぼりはじめた。仲間はその早わざをほめた。ところで、てっぺんのところの足止めの釘《くぎ》が腐っていたのだ。
人間 おゝ。
顔蔽いせ
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