ている。お前の目に不浄のある限りは。
人間 弓矢にかけても。
顔蔽いせる者 あわれなものよ!
人間 (手をのばして顔蔽いをとろうとする)
顔蔽いせる者 その手に禍《わざわ》いあれ!(遠雷きこゆ)
人間 (ひざまずく)
[#ここから5字下げ]
幻影の列あらわる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
顔蔽いせる者 見よ。
人間 鳥や獣やはうものの列がすぎる。鷲《わし》は鳩《はと》を追い、狼《おおかみ》は羊をつかみ、蛇《へび》は蛙《かえる》をくわえている。だがあの列の先頭に甲冑《かっちゅう》をかぶり弓矢を負うて、馬にのって進んでいるのは人間のようだ。
顔蔽いせる者 彼は全列を率いている。
人間 あれは征服者だ。
顔蔽いせる者 そして哀れなもののなかの最も哀れなものだ。
人間 あ、馬に拍車をあてた、全列は突進しだした。(凶暴なる音楽おこる)まるであらしのように。あんなに急いでどこに行くのだろう。
顔蔽いせる者 滅亡へ。すべての私を知らないものの行くところへ。
人間 おゝ。
[#ここから5字下げ]
列通過す。あらしのごとき音楽次第におだやかになり、静かに夢のごとき調子となる。新しき幻影現わる。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
顔蔽いせる者 見よ。
人間 若い男と女だな。男はたくましい腕の中に女を抱いている。そして女は男の胸に顔をうずめている。玉のような肩に黒髪がふるえている。甘いさざめきに酔っているのだろう。
顔蔽いせる者 よく見よ。
人間 (熟視す)あゝ泣いているのだ。男は女をはなしてため息をついている。さびしそうな顔。
顔蔽いせる者 幸福の破れるのを知りかけているのだ。
人間 あなたを呼んでいるのではありませんか。
顔蔽いせる者 わしに気がつきかけているのじゃ。しかし、わしを呼ぶのを自らさけているのじゃ、自分をいつわっているのじゃ。
人間 男はふたたび女を抱こうとしました。けれど女はこのたびは突きのけました。そして男を呪《のろ》うています。男は女を捕えました。無理に引っぱって崖《がけ》のそばに行きました。……あゝあぶない。……(叫ぶ)あッ。
顔蔽いせる者 わしをまっすぐに見ないものの陥るあやまちじゃ。(音楽やみ、幻影消ゆ)
人間 私はあなたをみとめています。あなたをまっすぐに見ています。あなたの本
前へ 次へ
全138ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング