初のかたでした。あなたは私でも仏様の子であるとまでおっしゃってくださいました。(泣く)私はあなたのように私を取り扱ってくれる人があろうとは夢にも思いませんでした。あなたは天の使いのようなかただと私は思いました。あなたとつきあっているうちに、私はだんだんと、失っていた娘の心を回復して来ました。娘らしいねがいが、よみがえって来ました。雨のようなあなたの情けに潤うて、私の胸につぼみのままで圧《お》しつけられていた、娘のねがい、よろこび、いのち、おゝ、私の恋が一時にほころびました。私はうれしくて夢中になりました、そして私の身のほども、境遇も忘れてしまいました。私に許されぬ世界を夢みました。今私は私の立っている地位を明らかに知りました。私はあなたの玉のような運命を傷つけてはなりません。私を捨ててください。私はあきらめます。あなたの事は一生忘れません。私はしばらく私に許されたたのしい夢の思い出を守って生きて行きます。
唯円 夢ではありません。夢ではありません。私は私たちの恋を何よりも確かな実在にしようと思っているのです。天地の間に厳存するところのすべて美しきものの精として、あの空に輝く星にも比べて尊み慈《いつく》しんでいるのです。二人の間に産まれたこの宝を大切にしましょう。育てて行きましょう。私は恋のためと思うと一生懸命になるのです。力がわくのです。およそ私たちの恋を妨げる敵と勇ましくたたかいましょう。あなたも悲しい事を考えないで心を強く保っていてください。私たちの恋が成就するためには、山のような困難が横たわっています。それを踏み越えて勝利を占めねばなりません。およそ私たちの恋を夢と思うほど間違った考えはありません。かえでさん、私はそのような浮いた心ではありませんよ。私は恋の事を思うただけでも涙がこぼれるのです。(涙をこぼす)私は甘い、たのしい事を考えるよりも、むしろ難行苦行を思います。お百度参りを思います。恋は巡礼です。日参です。(かえでの顔をじっと見る。やがて強くかえでを抱き締める)あなたのからだの汚れていることをあなたはひどく気にします。あなたの心を察します。あなたはたまらないでしょう。私はそれを思うとふらふらするような気がしました。私は夜も眠られませんでした。私は考えもだえました。けれど私はもうその苦しみに打ちかちました。それはあなたの罪ではありません。あなたの不幸です
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