うではありません。
かえで 堪忍《かんにん》してください。(手を合わす)
唯円 私が悪いのです。(手を解かせる。そのままじっとかえでの手を握っている)無理にうそを言わなくても、ありのままをお師匠様に打ち明ければいいのです。私が勇気が無いのがいけないのです。
かえで だってそんな事を打ち明けたらしかられはしなくって。
唯円 私たちは悪い事をしているのではありません。私たちはその自信を何よりも先に持たねばなりません。かえでさん。いいですか。卑屈な心を起こしてはいけませんよ。
かえで だってあなたは坊様でしょう。そして私はあれ[#「あれ」に傍点]でしょう。女のなかでも人様に卑しまれる遊女でしょう。
唯円 僧は恋をしてはいけないというのは真宗の信心ではありません。また遊女だからとて軽蔑《けいべつ》するのはお師匠様の教えではありません。たとえ遊女でも純粋な恋をすれば、その恋は無垢《むく》な清いものです。世の中には卑しい、汚れた恋をするお嬢さんがいくらあるか知れません。私はあなたを遊女としてつきあってはいません。あなたも私を客としてつきあってはいないとさっき言いましたね。私はあれはありがたい気がしました。実際あなたは純潔な心を持っているのだもの。私はあなたを愛します。(手を強く握り締める)
かえで でも私は、私は……(涙をこぼす)私のからだは汚れています。(袖《そで》で顔をおおうて泣く)
唯円 (かえでを抱く)かえでさん。かえでさん。
かえで 私を捨ててください。私はあなたに愛される価値《ねうち》がありません。私は汚れています。あなたは清い清い玉のようなおからだです。私はすみません。私は泣いて耐え忍びます。これまで何もかもこらえて来たのですもの。私は一生男のなぐさみもので終わるものと覚悟していました。その侮辱さえも私の運命としてあきらめる気でした。あきらめないと言ったとてしかたはないのですもの。私に力が無いのですもの。また皆が私にそうあきらめさせるように仕向けるのですもの。どのお客も、どのお客も皆私をなぐさみものとして取り扱いました。そして私に自分をそう思えよと強《し》いました。私はそれにならされました。自分はなぐさまれる犠牲《いけにえ》、お客は呵責《かしゃく》する鬼ときめました。あなたは私を娘として取り扱ってくださった最初のかたでした。私でも人間であることを教えてくださった最
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