の人はきわめて僅かしかない(むろん徹底的には一人にさえ十分に仕えたと思えるのはないが)。そしてそれは必ずしも愛が足りないからばかりではなく、そこには人間の地上における分限がその因をなしていることもじつに少なくない。人間は時間と空間との制約の埒外に出ることはできない。二つの物(二つの観念)が同時に同処を占めることはできない。同時に二人の人に手紙を書くことも、別の地にある二人の人に逢いに行くこともできない。しかも自分らに与えられた力と時間には限りがある。およそ人類への愛の奉仕には三種の方法があると自分は考える。一は密室で万人の幸福を祈ること。二は学術、芸術等文化に価値ある仕事に事《つか》えることによって間接に万人に奉仕すること。三は直接に個々の隣人に奉仕することである。が自分はこのうち第三のものは特殊な、重要なものであってたとい第一第二の奉仕のためにであっても、第三のものを欠くことを自分に許してはならないと思っている。われわれはかの「善きサマリア人」のごとくに触れ合う個々の隣人に仕えることによって、最も生き生きとした、実践的な実の籠った愛を贈ることができるのである(拙文「隣人の愛」参照)。
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