中心の興味は、人間の種々なる心持ちとこの世の相に対する限りなく深き愛である。この点に目をつけなくてはあの芝居は見ても面白くあるまい。また作者としてもその他の視点からの種々なる批評は私の心持ちと適うことはできない。ことにあの作は私が二十六歳のときの作である。そのとき私の心は切実な青年期の悩みの終わり頃、ことに二人の姉の相ついだあまりに早き死のすぐ後、一燈園《いっとうえん》から帰ったばかりの、人生の悲哀と無常の心持ちに満ちているときに書いたものである。ちょうど私が一燈園に西田天香氏を訪れる前、折蘆遺稿《せつろいこう》で読んで感動した「墨染の衣を着るになほ若し綾あるきぬはきのふ脱ぎけり」というような気持ちのとき書いたものである。私はそのときあの西国巡礼の歌を聞いてもすぐに涙の滾《こぼ》れるような気持ちであった。したがってあの作に強い劇《はげ》しいところが欠乏しているというのも私がそのときそういう方面のムードのなかに住んでいなかったためである。親鸞の性格にそういう方面が欠けていると私が解釈しているのではない。芸術品に対するとき人はいうまでもなくその作のモチーフを見なくてはならない。そのモチーフ
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