福は小さいものではない。あまりに鋭い近代人はその幸福を失いかけている。愛と赦しの心持ちを知った人と人との間にのみ滑らかな温かい従属は生まれる。私はくれぐれも善い、人間らしい心になりたい。
[#地から2字上げ](一九一七・一〇・一五)
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『出家とその弟子』の上演について
『出家とその弟子』がこのたび当地で上演されることについては、私はいま本当にハンブルな心持ちになっている。私は今この作の上演によって私の芸術的栄えの日を迎えるという気持ちはほとんどしなくて人を躓《つまず》かせはしまいかと思う懸念と弁解とが心の中に満ちている。そのことだけはどうしても書いておかなくては気にかかるから要点だけを書かして貰いたいと思う。第一にこの作は厳密に親鸞上人の史実に拠《よ》ったものではない。この芝居を見ても親鸞上人およびその弟子たちが(弟子という言葉も親鸞自身にはピッタリした言葉でなかったろう)、このとおりのことを実際行なったものと思って貰っては困る。私は親鸞を画いて虎を画いて猫に似ているといわれても甘んじて受ける気持ちなのだから。私の書いた親鸞は、どこまでも私の親鸞である。私の心に触れ
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