いる。私に自信のないごとくおそらく他人にも自信はないであろう。しからば「間違ったら許してください」という態度で自信は無くても交わることが許されないであろうか。「どうか他人の運命を傷つけませぬように」と神に祈る心持ちで交わり、そしてできた罪はゆるしを乞いつつ常に親しく接触してゆくのが人間性の最も純な道であろう。もし相互に赦し合わぬならばいかにして私たち欠けたるものが安んじて交わることができよう! 赦しはじつに人間と人間との従属に最も大切なる Tugend である。この徳のみが謙遜な人を隠遁から止めるのである。人と人との争いを和らげるのである。キリストの教えは詮ずるところ「互いに赦し合って仲よくせよ」との教えである。トルストイの『火を忽《ゆるがせ》にせよ。さらば拡がらん』という小説は善くキリストの心を呑み込んである。人間と人間はつくづく争うものではないと私は思う。人と人とは互いに罪を犯さないことはほとんど不可能である。ゆえに赦し合わないならば平和は地上に来ないのである。私は教会で皆と一緒にあの「主の祈り」を合唱して「われらに罪を犯すものをわが赦すごとくわれらをも赦したまえ……」というところ
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