か与えてくれるものではない。それは事実である。けれどもそのためなぜに愛されたい願いを捨てなくてはならないか? その願いは善い純な人間性の稟有《ひんゆう》するところのものである。純な善い願いはいかなることあるも殺してはならない。人間の生命はただそれのみに繋がって意味を有するのである。もし愛されたいと願っても愛されないならば歎くがよい。そして歎きつつなお愛されたいと願うがよい。それが本道である。私の考えでは私たちは理想によってのみ生きられる。理想と現実とは独立したものである。理想が現実と衝突するならば悲しいけれども、そのために理想を捨てあるいは理想を低くせねばならぬ理由はない。理想は理想として建ててただ悲しむべきである。理想をあきらめてはならない。愛されたい願いが善い願いならば事実として愛されなくとも、死ぬるまで依然として愛されたいと願うべきである。人間に宗教があるのはそれがためである。すなわちまず人間は雑然として何ものかを要求する。それは事実に当たってみたされない。そこで要求のなかから欲と願いとを分けて欲はあきらめる。その願いも感情が深くなるに従って純化されてゆく。そしてもしあきらめられ
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