き、曇れる心を、恥じしめずにはおかない。私たちはともに生けるものである。被造物として互いに似かよえるものである。互いに完全に従属することは私たちの本来の願いであるべきである。私たちがもしもかの聖フランシスのごとくに対人関係の徳と知恵とに達するならば、私たちは互いに美しき従属を|楽しみ《エンジョイ》得ないことはあるまい。私たちは何にもまして対人関係の徳を磨かねばならない。そこに初めて真の自由が望まるる気がする。近代の人はその徳について乏しいように見える。ことに受身の徳において著しく貧しいように見える。そしてそれは私たちの対人関係の不幸を造る、きわめて大きな原因をなしているように見える。与うるの徳と受くるの徳とはともに対人関係の自由に達する欠くべからざる姉妹の徳であって、後者はけっして前者より小さいものではない。人と人とは互いに求むるときにのみ初めて従属する。愛したい願いのみあって、愛されたい願いのないところでは幸福な交わりは生じない。恋人同士が幸福なのはそこにある。そして私たちの心の底には実際に愛されたい願いがあるのである。それをなぜ無理に殺さなければならないのであろうか。求めてもなかな
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