、もはや他人に何ものをも求めようとしない。最も平和にして尋常に見ゆる者といえども、礼儀や形式等を一種の城郭として、そのなかに拠り、互いの利益の侵されざるかぎりにおいて、あまりに峻《けわ》しき対抗の意識の重苦しさを免れんために、表面を滑らかに社交的にしているにすぎない。人と人とはけっして互いに従属していない。その心と心とはけっしてまどかに結ばれ合っていない。人と人とは互いに心を覗《のぞ》き合うことを恐れている。そしてある重苦しさが互いを圧迫している。かくのごときは近代の人の、心より欲するところではもとよりあるまい。そはこの地上の相としてやむをえざるものであろうか。私たちはその原因が私たちの対人関係の徳の不足に負うところの多いのを思うときに、その不幸のなかに合わせて羞恥をも感じなくてはならない。私たちは書を読んで、私たちの祖先の間より出でて高きに上げられたる聖者たち、たとえばかの聖フランシスのごとき人の伝記を読むときに、その前に跪《ひざまず》きたい心地がする。そこには人間性の善い、純な、朗らかな、恵みに馨《にお》うた相が、私たちの前にいとも尊く置かれてある。そしてそれは私たちの歪める、悪し
前へ 次へ
全394ページ中361ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング