人の道に遠いものがあろうか。その言葉多くして行少なき、その名に対して敏感なる、その怒りやすき、その嫉妬深き、その空言を好む、その自欺に巧みなる、その肉体的快楽に感じやすき、その利己的なる、これらの悪しき性質は、他の市民に比して、文士においてはるかにはなはだしいのである。もとよりこれらは近代の文化の含む悪徳として一般的なるものではある。しかし文士はこれらの悪徳の煽動者のごとき観を呈している。しこうして市民の恥じつつなす悪行をも、彼らは当然のことのごとくにこれをなすように見える。もし文壇というものが、いな文士の日常生活の心の持ち方が、今のごとき調子のものならば、私は文士という名に嫌悪を抱く。あたかも牧師という名に嫌悪を感ずるごとくに。しかも後者においては姑息《こそく》なるものに対するはがゆさ[#「はがゆさ」に傍点]であるが、前者においては|荒らす者《ツェルステイレル》に対する敵意である。私はけっしていま自分に予言者のごとき昂揚した情熱を意識しつつ書いているのではない。反対に不幸に打たれて、しかもそれに抵抗する気のきわめて少なくなっている忍受の心――できるかぎり何ものとも和らぎたいと願う心、
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