むしろ一種の喪《も》の感じに近い心で書いている。文士はもっと心情《ゲムュート》が濡れねばならない。あえて静平に、落ちつかねばならないとはいわない。いらいらするときも、論争するときも、遊蕩するときも、姦淫するときでさえも心情が濡れていなくてはならない。私はけっして人間の悪より放るることの至難であることを知らないものではない。ただ、しかし悪さにも種類がある。心の貧しくない悪さ、ものの哀れを知らない悪さ、和らぎを求むる心の無い悪さ、ずうずうしく恥を知らない悪さ――すべて天国に遠い性質《たち》のよくない悪さ、かかる悪さから文壇は一日も早く清めらるべきである。私は文士が論争し、遊蕩し、姦淫したりとてただちにそれを非難する気はない(私はけっしてそれらを善しとは見ないが)。しかし論争し、遊蕩し、姦淫する仕方、その心持ち、に至ってはあくまでも神経質に気にかけざるを得ない。私は文壇で気持ちのいい論争をみたことはほとんどない。皮肉や悪罵や、無益な穴探しや、相手を理解せんとする意志のない空言にみち、はなはだしきはもはや論点の所在に対する感覚を全然欠いて、いかにして巧みに相手を辱しめんかを苦心せるごとき論争を
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