ない。キリストも「天国にあるものは娶《めと》らず、嫁がず」といっている。あるいは罰せられたるものの裔《すえ》なるわれらには絶対的の聖潔に達することは不可能かもしれない。しからばこの理想を追うものは常に性欲の誘惑と、その欠陥より生ずる飢えとに悩まさるるであろう。しかれども、その誘惑と戦いその飢えを忍び、常に祈りの気持ちの中に純潔を保たんことを努力するならば、これこそ善くなろうとする祈りに伴われたる尊き恋である。いな、ときとして肉の交わりに陥ろうとも、そを悪として神前に悔い、「貞潔を守らしめたまえ」と祈りつつ清き交わりの完成せんことを努力してゆくならば、悪魔より放たれざる被造物としては清い男女といわれ得ぬであろうか。私はこの意味においてのみ「夫婦」というものを地上に許したい。かくて生まれたる子はかぎりなく美しく、愛すべきものであるけれども、かかる善からぬ原因により生を享《う》けたるものなるがゆえにその素質のなかにすでに不幸と邪淫との種を植えられているのではあるまいか。(私は仏教の「種子不浄」という語を思い出す)。かくて地を嗣《つ》ぐものは永久に催されつつ善を祈り求めねばならないのではあるま
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