な技巧であろう。しかし善と悪とはあくまでも峻《けわ》しく対立せしめられなくてはならない。ただ造物主の知恵の内においてのみその対立は包摂せられる。われらはけっして悪をみずからに許してはならない。たとい恋に性欲が伴うことはやむをえないことであっても、性欲を善しと見てはならない。いわゆる白道は善悪の区別を消すのではなく、越えるのである。その道に立って眺むれば、善悪の相はかえってますますはっきり[#「はっきり」に傍点]と見えるに違いない。その意味において私はあくまでも善悪の二業を気にかけて[#「気にかけて」に傍点]生きたい。しからざれば浄土がわれらの心の内に啓《ひら》けてこないからである。われらはできるかぎりの清さを現実に少しも頓着せずして、想像力のおよぶかぎり描かねばならぬ。それが地上において実現できるかいなかにかかわらず、かかる想像の像《イメージ》をわれらの理想としなくてはならぬ。その理想は絶対的に寸毫といえども低められてはならない。しこうして現実は少しの仮借《かしゃく》もなく、あるがままに認められねばならぬ。かくて天と地とを峻別し、しかる後にこそ初めて、天に昇る道は工夫せらるべきである。
前へ 次へ
全394ページ中324ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
倉田 百三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング