ットマンのごとき人はそれに近い)。彼らはおそらくみずから欺いているのである。すでに肉交を経験したる青年が、処女に対して、平気で恋をしかけるならば、その人は厚顔である。私はかかる人が真実な恋をなし得るとは信じない。私はあのアンドレーエフの『霧』のなかの青年のことを思い出す。自分を「汚ない、汚ない!」といって、ついに恋をも打ち明けずに死んだ不幸な青年のことを。私はかかる青年を尊敬する。そして自分はさまざまの恥ずべき病に罹《かか》りながら、妻を選ぶときには、さもさも当然のごとくに、その処女であることを要求するがごとき男子を破廉恥となすものである。いまだ純潔なる青年は、できるだけ永く、もしでき得れば一生涯その純潔を保つことを努力すべきである。そして不幸にしてすでに純潔を失いたる青年は、そのことを常に恥ずべきである。常にその償いに用意したる心をもって女に対すべきである。私はかかる青年もまた真実なる恋をなし得るを信ずる。私はむしろかかる青年を今の世では普通の青年と思い、いまだ童貞である青年をば特別に天の使に守られた、恵まれたる青年と思っているほどである。すでに汚れたる青年は、もしすでに汚れたる女と
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