であろう。恋の本質はかかる憧憬,願い、祈祷のなかにあって、けっして性欲のなかにはない。私はまだ肉交の経験なき純潔なる青年が、漫然たる霊肉一致の思想に甘やかされてその純潔を失うことをかぎりなく遺憾に思うものである。一度失った純潔はもはやけっして返らないからである。純潔な青年と、すでに女を知った青年とでは女に対する感じがまるで違う。いな、すでに肉交を経験したる者は真の意味ではもはや青年と称すべきものではない。青春《ユーゲント》の幸福はすでにその人を去っているからである。私はいまだ童貞なる青年が、肉交を、思想上においてジャスチファイするのを愚かだとは思わない。むしろ純潔なる青年が、その何ものをも純《きよ》く見る善き素質から、かえって肉交を肯定しやすいからである。しかしすでに肉交に馴れたる男子が、肉交を善しと見、そを童貞なる青年に説くがごときは私は恥知らずとなすものである。すでに肉交を経験しながら、なおその醜さを感じられない人は無神経である(もし真にインノセントな意識で肉交できる人があれば、私はその人を礼拝してもいい。その人は悪の種を生命のなかに蒔かれていない、清い清い人だから。ブレークやホイ
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