生は悪であるのと同じ理屈である。私は人生に二つの最大|害悪《ユーベル》があると思う。一つは肉交しなければ子供のできないことと、他の一つは殺生しなければ生きてゆけないことである。もし愛が善いものであるならばこの二つはどうしても罪悪である。愛を説く人は何人もこの説を容れねばなるまい。女に対して性欲を起こしているときには、その男の心は女を祝福していない、ゆえに罪である。およそ他の生命を祝すことは善で呪うことは悪である。女の運命に関心していない。そのときには愛していない。食おうとしているときの心に酷似している。その証拠には性欲を興奮させるものはすべて呪いを含む感情のみである。「この女は処女だ、私は初めて聖《きよ》らかなものを涜《けが》すのだ。しかも私は昨夜は他の女と寝たのに」。かく思うとき性欲は興奮する。「この女は美しい弄具だ。男に身を任せるために生まれてきたようにできている」。こう思うとき性欲が興奮する。「じたばたしてももう私のものだ」。強姦するものは女が抵抗するだけ性欲が興奮する。猫が鼠を食う前に弄ぶときの心と、男子が自分の犯す女を肉交する前にいろいろ悪戯する心とは酷似している。すべての征
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