忍んでもっと鋭くいおう。たとえば相手の愛人がからだ具合が悪いときにでも肉交の要求は起こるであろう。もし肉交の中途においてある愛人の生命に危険をおよぼすごときできごとが生じても、肉交は終わりまで達しなくてはなかなかたやすく止められぬであろう。そのように相手の運命を恐れない状態がはたして愛のエクスタシイであろうか。霊肉の法悦として賛美さるべきものであろうか。「あなたのためなら死にます」という愛の没我とどこに関係があろうか。
 第四、肉交したために愛がインニッヒになるのは肉交の愛であることとは別事である。ある人はいうであろう。しかし肉交したる二人は肉交せざる以前よりインニッヒになるではないかと。しかしそれは必ずしもそうではない。肉交したためにかえってはなれる愛人もある。またインニッヒになったにせよ、それはあたかも互いに撲り合うた人間と人間とが、教会堂に並んで腰をかけて互いに触れあわない二人の人間よりも、インニッヒになるのと同じことである。肉交そのものは愛ではない、また肉交せねばインニッヒになられないことはない。もしも二人が運命と運命とを触れあわすならば、二人の醜いこと、苦しいこと、羞かしいこ
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