きものとして要求したのでもなく、また性欲に圧迫されて要求したのでもなく、じつに二人の恋を完全なるものとなすには肉交しなければならぬと信じて肉の交わりをせんとした。すなわち完全なる恋は生命と生命との抱合すなわち霊肉をもって霊肉と抱合せねば虚偽であると考えたからである。けれど私は今はこの思想を疑っている。そしてときどき私はそのときのことを考えて羞恥と後悔との念に打たれる。そして私はかかる立ち入った問題に触れるのは好まないけれど、今の多くの青年はおそらく私がかつて考えたごとくに恋と肉交との関係を考えていることと思い、そしてこの問題はことに痛ましき切実なる問題であると感じるゆえに、再考を乞いたいために、少なくともここに一人かつてはそれを信じ、今は疑うてる人間がいることを知らしめたいためにこの文章を書くのである。結論を先きに掲げれば、私は肉交は愛の必然的結果ではないと思う。いなむしろ肉交は愛と別物なるのみならず、愛の反対である。もし愛を善しと見るならば、肉交は悪しきものである。互いに愛する男女はけっして肉交してはならない! と私は思うのである。かく考うるに至れる心的過程を次に述べてみる。
 第一
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