んと欲するものを頑にし、順にせんと欲するものを順にす」といっている。あたかも「陶土師は陶土をもて、ある器は尊くある器は卑しく作るがごとくに」被造物としての人間にも品の高下があり得るのではあるまいか。私はある若き外国婦人のキリスト教信者を知っている。その人の信仰は私を感服させるに足る深い美しいものである。けれどその人は小さい娘のときから敬虔な両親に育てられてまことに清らかな単純な成長を遂げている。罪に汚れずに、涼しくほがらかに暮らしてきている。私はその婦人のことを思うときにその生涯を祝さずにはいられない。もっと汚れてくればよかったのにと思うことはできない。さながら特別に神様に選まれて天の使たちに守られて育ってきたかのようである。私はむしろその婦人が死に到るまで清らかに、調和した、罪に汚されぬ生涯を送ってくれるように祈りたい気がする。私の迷いや煩悩《ぼんのう》についても細かに理解してはくれないけれど、それとは独立にこの人の信仰から私は深い知恵を与えられることがしばしばあり、この人の世界観が私のよりもしばしばより深く、精確であることを感じさせられる。私にはそのようにはなれない。その人の歩みは
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