私の手引きになるにはあまりに手掛りがない。しかし私はその人の生活をアドマイアする。聖フランシスの生涯とトルストイの生涯を比較して見よ。フランシスは苦しむこと少なくして、トルストイよりもはるかに徳と知恵とのなかに深入りしている。私はフランシスの生涯を読んでも私の手本にするにはあまりに突然に調和しているので呆るるばかりである。いかにして私は聖フランシスのごとくになろうか。心憎くなる。しかるにトルストイの生涯を見れば私みずからの姿をまざまざと見るような気がする。恩師という気がする。しかし私はフランシスとトルストイを比較すればフランシスの方がたしかに人間として完成していると思う。けっしてフランシスをそのために軽蔑することはできない。フランシスのごときはわれらよりは、品の違った、特別に恵まれた、業の浅き人である。もしスエデンボルグのいうがごとく、天国にも階級のあるものであるならば、フランシスはトルストイより上座に着くであろう。そしてトルストイはよろこんで席を譲るであろうと思われる(かようなことはみだりに想像すべきことではないが)。私はトルストイの型の人間である。私は迷い、苦しみ、罪に汚れて、成長
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