能である。それまでは迷わねばならない。深い迷行の後にのみ遠い完全な安息はある。さまざまな罪を犯した後に救いと徳とが得られる。ゲーテの晩年を見よ、ストリンドベルヒやトルストイの老年期を見よ」と。この考え方は深い真理を含んでいることは争われない。しかしながら人間は必ずことごとくかかる経験を取るべしと規定するのは独断であるように思われる。私みずからは上述のごとき傾向の性格に属するものである。私はそのために他人が年若くして信仰の生活に入れるのを見るときにはどうしても虚偽であるとしか思えなかった。青年にして酒を飲まず、女を求めざるものは浅薄な人々としか思えなかった。身を清く保っている人々はことごとく偽善者に見えた。そして迷わねばならない、疑わねばならないといって彼らを攻撃しさえもした。私自身は迷わざるを得ず疑わざるを得なかったので、今でも私はそれを無理とは思わない。けれど他人がみな私のごとくでなければならないであろうか。私はこの頃はしか思えなくなりだした。ある特別に恵まれたる人、選ばれたる人、業の浅き人々は初めより調和した性格と清き徳とを持ち得るのではあるまいか。パウロも「神は頑《かたくな》にせ
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