わめて重要なる本道と外道との分岐点があると思う。私は事物の真相を見るに鋭利にして鍛練されたる目を有する人が、皮肉に傾く過程には無限の同情を表わしはする。私自身も絶えずその誘惑を感ずるのである。しかし私はM氏の「かく思うだに滑稽である」という一句に深い遺憾を感ぜずにはいられない。(一種の同感を持ちながら)ここに氏の生活と作物とを私にとってきわめて不満足なる今日の状態に導きたる外道がある。私はかつて熱心なるキリスト者として洗礼を受けた氏のことを思うときに、一度はその若き心を領したる霊感の(氏はその経験に対しても皮肉な感を持っているのであろうが)迷行したことを不幸に思う。われらの心を真直にせよ。何ゆえに人間に対して偉大なりとの感を起こす能わざることが滑稽であるか。この悲しくして、痛ましく、また羞かしき事実が! われらの親は餓鬼《がき》のごとく貪欲に、われらの友は狐《きつね》のごとく奸譎《かんきつ》に、しこうしておのれみずからは猿のごとくに婬乱なることのこの不幸なる自覚が! ただ悲しと思うべきである。むしろ恐ろしとさえ! しこうしてわれらの現実はかく醜くとも、われらの想像力が描き得るところのか
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