論が文壇の諸家に「明治以来最も偉大なりと感ずる人および作物について」の意見を募ったときに多くの人々はそれぞれその思うところの作物と人物とをあげていたなかに私の特別注意を惹いたのはM氏の答えであった。氏は曰《いわ》く「私は人間に対して偉大なりとの感情を起こすことのできないものである。かく思うだに滑稽《こっけい》である」と。私はこの言葉が強く胸に響いた。二重の意味において。一つは氏の感じに対する強き同感と、そして一つは烈しき反感とであった。いうまでもなく私は字句の末を捕えて論ずるのではなく、この文章を通じて現わるる氏の心持ちについて論ずるのである。私は氏が人間に対して偉大なりとの感じを持つことができないという心持ちに一種の同感を感ずることを禁じ得ない。人々は偉大という言を人間に対してあまりに惜し気もなく用いすぎるように見える。われらはその外面的事業の光彩に眩《くら》まされてはならない。その人の生の歩みとその生涯を通して現われたる、もっと適切にいえば生きられたる真理に目をつけねばならない。すなわちその人によって得られたる「徳《ツーゲント》」を見なければならない。偉大なりとの称号はただ聖人に対
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