ひっきょう地獄はないと思ってるからかくいえるのである。ヴィジョンとして地獄を見るほど道徳的なヨハネやダンテのような人はその火から免れる工夫をせずにはいられないであろう。罪から救われたい人はただひたすらに救われたいほかはないはずである。今夜救われればそれにこした祝福はない。事実において長く迷わねば確実な救いは得られないかもしれない。けれど永く迷いたい、そんなに早く救われたくはないと考えるのは外道である。それはその救いを求める心の真実でないことを証するにすぎない。恋をする人はただひたすらに恋のまどかに続くことを願うはずである。失恋した方が深刻になると考えるのは本道ではない。その恋は虚偽である。ただとこしえにと願う恋がしかも失われたときに、われらは深刻な人生の味を知ることができるのである。もし恋してるときに失恋の悲哀を求むるがごとき享楽的表象的気分の混入せる不純なる人ならば失恋の後も深刻な悲哀を経験することはできない。私は病気になりたい、こういう空想的なロマンチックな気分を描いてその楽しい空気のなかに甘く浸って生きてゆこうとする人を私はしばしば見る。しかし病気をたのしむことができるのはたかの
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